act.1  あの日の恋心は今もなお。

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   何とか手元に溜まっていた仕事は(さば)ききれたので、一安心してパソコンを落とす。ゴールデンウィークといっても飛び石連休になっているから、間で一日会社に出て来ることになるしその時もう一回見直すことにしようと、もう今日はさすがに帰ることにした。 「上杉さん、先上がります。お疲れさまです」  社員証を首から外しつつ席を立つと、向かいからお疲れと声が返ってきた。そしてそのまま笑いを含んだその声が俺のことをからかう。 「連休たっぷり楽しめよー」  ヒラヒラと手を振る上司に何も言い返せず、でも下手に相手にしたら何か色々顔に出てしまいそうなので、適当に頭を下げ慌てて荷物を取った。まだ全然帰れそうにない隣の部署の同期に挨拶をして、早々にフロアを後にした。  会社から20分ほど電車に揺られて到着する、朝晩利用している最寄り駅。  遅くなったし面倒くさいから弁当でも買って帰ることにしようと、駅近くのコンビニに寄った後、アパートへと向かう。  大学は自宅から通える所に合格できたのだが就職先はちょっと遠くて、けっこう残業もあるし毎日帰宅時間が遅くなることと、そろそろ実家出なきゃなと思っていた時期も重なって、去年から一人暮らしを始めていた。  まだ給料安いから、ワンルームに毛が生えたくらいの狭い部屋だけど。  誰もいない家に帰ることにはだいぶ慣れつつも、シンクに置いたままのマグカップを見て朝使ったものをそのままにしていた事を思い出し、それを片付けてくれる人はいないという現況に “洗うの面倒くさい” という文字が頭に浮かぶ。  この歳になって一人暮らしを始めても何かと大変に思うことも多く、実家のありがたみを今さらのように感じているくらいなのに、まだ高校生という若さでそれをしていた一人の同級生の事を思う。  複雑な事情が絡んで一人暮らしをしていた彼の、ここよりずっと広くて、でもここよりずっと物が少なかった部屋。  その記憶はいつも絵の具の香りと共にある――。  着ていたスーツをハンガーラックに掛け、Yシャツと靴下を洗濯かごに放り込む時、さっきと同じ文字が再び頭に浮かんだ。洗濯物けっこう溜まってんな。洗うの面倒くさい。 (明日って晴れだっけ……)  部屋着にしているスウェットに着替えてさっき買った弁当とペットボトルのお茶を手にテレビを点けると、ちょうど週間天気予報が流れていた。  明日は洗濯できそうな感じだし、連休中もずっと天気良さそうだ。  晴マークが並ぶ一週間。明日から始まるゴールデンウィーク。    全国の観光名所の天気を特集している画面を見ながら、どこか旅行に行くわけでもないというのに、俺の胸は知らぬ間に高鳴っていた。    大型連休の間、思い出の美術館で開催される小さなイベント。  そのために、彼が日本に帰って来る――。  
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