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* * * * * * *
俺には、今でもずっと忘れられない人がいる。
勉強と部活が生活のほとんどで、友人と馬鹿やってただけのあの頃。
高校二年の春。時期外れに転校してきた一人の生徒。
色素の抜けた明るい色の髪と冷たいくらいに整った顔をしたその人は、俺の心に一瞬でその存在を焼き付けた。
あの日のことは今もなお、まるで写真のような鮮やかさで目蓋の裏に映像として浮かぶ。
もう何年も前のことなのに……。
そして思い出す度、つい昨日のことみたいに胸の奥にツキンと甘い痛みを連れてきた。
彼女もいなくて、恋愛とかそんなに興味もなかったような自分の中に、誰かをこんなにも求める気持ちがあることを教えてくれた人。
熱くて切なくて、そして怖いくらいに幸せだった時のなか。
俺は初めて人を本気で好きになった。
だけどそれは――。
人には言えない恋だった。
彼も俺も同じ男だったんだ。
それでも、禁忌をおかしてもいいと思った。その咎を背負ってでもその人と共にいたいと願った。そして彼からも同じ想いを感じていた。
お互いがお互いにとってかけがえのない存在だったから。
大好きな、大好きな、たった一人の大切な人。
夢を追って遠くへと旅立った、忘れられない――彼。
* * * * * * *
テレビ台代わりの収納棚の引き出しを開け、そこから豊かな色彩にいろどられた二枚の紙片を取り出した。
八年ほど前に地元にできた、全国でもそこそこ大きな規模の美術館の特設スペースで、明日から一週間だけ開催されるアート展のチケット。
そこに印刷された若手アーティスト数名の一番最初に、忘れえぬ人の名前がある。
このチケットが贈られてきたエアメールに書かれてある送り主のモノと同じ。
『 Yu Naruse 』――成瀬 勇。
それを見て、また俺の心臓がトクンと高く弾けた。これが届いてから毎日がこの調子で、いいかげん自分でもヤバイと思う。
でも日にちが迫ってきてそのトクトクはどんどん熱量を増していき、今はもうそれを見ると息が苦しくなるくらい。……本当にヤバイ。
手元にチケットが到着したのと同じくらいのタイミングで勇からメッセージが数件届いた。
“連休のイベントに合わせてそっちに帰る”
“予定空いてる?”
昔と変わらず短い文章は、最後にこう送られてきた。
“湊に逢いたい”
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