act.2  君という存在が支えとなる。

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 今が旬のカツオやサワラが中心の刺身の盛り合わせは今日も抜群に美味しくて、冷酒に切り替えた加藤が独酌でそれを楽しみながら聞いてくる。 「明日からだっけ。成瀬も出展する美術館のイベント」 「いや、今日から一週間」  メインの展示スペースを使って行われるわけではないけれど、短期間とはいえゴールデンウィークという一年で最も集客が見込める時に開催されるアート展に対し、感嘆を含んだ言葉が続いた。 「あいつすげえな。何だかんだでホントにプロとして成功したな」 「うん。そうだな」  二人共通のクラスメイトの話題が上がる。俺にとって、こいつと勇の話ができるということは本当に嬉しい。  同性を好きになってしまった自分にずっと苦しんでいた時、その気持ちをあっさりと肯定してくれた友達。加藤の存在がなかったら、俺は自分が幸せな恋をしていたことに気付けなかったかもしれないと、今でもそう思う。 「いやあ、やっぱサインもらっといて正解だったわ」  卒業を間近にして、“あいつは将来絶対大成するはずだからサインを貰っておく” と、絵画の勉強のために留学することを決め準備に忙しい勇を捕まえようと張り切っていたこいつを思い出した。 「お前、教科書の見返し部分に名前書いてもらってたな。なんかその教科書編集した人の署名みたいになってたじゃん」 「それがレアでいいんだって! “俺はあの『成瀬 勇』と高校の同級生でした” って感じハンパないだろ。いつか高値がついたりすんじゃね?」 「売る気か」  そして俺の空いているジョッキに気付いて追加注文すると、また話し始める。 「でももっとレアなのは、湊んとこにきてる絵葉書だよな」  加藤が何気なく口にしたその言葉が、俺の胸をほんのりと温かくした。  イギリスで絵の勉強をする彼の妨げにならないよう、必死の思いで連絡を控えていた俺の気持ちを察しているかのように、勇からもまた過度な連絡はなかった。  ただ毎年かならず12月に手描きのクリスマスカードが届いて、そこにはいつも彼の絵が描かれてあった。ラフなタッチのその絵は大好きだったスケッチブックの中にあったものたちと同じで、俺の心は瞬く間に二人同じ時を刻んだあの短い季節へと帰っていた。  そしてその葉書がずっと、離れている間も二人の時間を繋いでくれていた。  本当は待っていたいと言いたくて、でも言えなかった俺と同じように、言えずに飲み込んだ彼の本当の気持ちがそこにある気がした。 「お前は変わんねえな」  小さく笑みをこぼし、隣で加藤がそう洩らす。 「……?」 「高校卒業してからもずっと、あいつのこと思い出すときの顔。見てるこっちが恥ずいわ」 「……え?」  言われたことに動揺して、パッと掌で口元を覆う俺のわき腹をニヤニヤしながら肘で突っつき “一途だねえ” と笑った。  顔が熱くなりそうなのをごまかすため、新しく運ばれてきたビールをあおる俺のことを散々からかった後、改めて言葉を掛けられた。 「明日、顔見られんだろ? 良かったな。湊」  カウンターに肘をついて笑顔を見せている加藤。  あの頃もいつも俺を心配してくれて、卒業後勇と離れてからもずっと気にかけてくれていた。今自分に向けられているこいつの表情に安堵の色があることが嬉しかった。 「チケットあるし加藤も明日一緒に行く? 美術館」 「フッ。お前さあ、すげえ何年かぶりに会えるんだろ? 俺そんな空気読めねえことしねえわ」  今もずっと変わらず俺の気持ちに寄り添ってくれる親友は、そう言って手元の綺麗な切子細工のグラスを口に運びながら、昔みたいにあっけらかんと笑っていた。
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