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act.3 叶えられた夢、帰ってきた人。
昨日にも増していい天気となった連休二日目。
綺麗に手入れされた緑の芝生に囲まれ、それ自体が一つの作品である美しい建物へと続く道を歩く。
大学通ってる時も社会人になってからも、何度か足を運んだ思い出の美術館。
一緒に来たのは一度だけだったけれど、時々その場所にかよっていたのは、やっぱり初めて二人でどこかに出かけたというあの夢みたいな時間を忘れたくなかったから。
――あの時ここを訪れたことがきっかけとなって、勇はずっと願っていたことを実現させた。
絵の道を志したいと思いながら進むべき方向を模索していた時、この場所で開催されたコンテストに出展した作品が彼のもとへと届けてくれたイギリス留学の話。それは自分の手で掴んだチャンスだった。
大好きな人の夢が叶うことがこんなにも嬉しいのに、こんなにも苦しいなんて。
手にした可能性と引き換えに彼が遠くに行ってしまうという現実を前に、ただ純粋にそれを喜んであげられなかったあの頃の自分はまだ子供だったんだと思う。
……なんて。
――……ウソ。
もし今この歳になって同じ話を聞かされていたとしても、俺はきっとあの時と同じように、いやもしかしたらそれ以上に悲しい顔を勇に見せていたかもしれない。
ただせめて夢を追いかける彼の枷には絶対なりたくなくて、待っていたいという言葉だけは必死で飲みこんだその気持ちはあの頃も今も同じ。
だから自分から連絡は取らなかった。逢いたくて逢いたくて何度も涙を流したけれど、日本に残した何かよりもイギリスで新たにつかみ取るもので彼の心をいっぱいにして欲しくて。
でもごめん。俺が一人勝手に君のことを想い続けることだけはどうか許して欲しいと……、その願いだけはひっそりと自分の中に閉じ込めてきた――。
精一杯の笑顔で見送ったあの日と変わらず彼のもとへと続いてきた想いは、今もなお俺のことを満たしている。
薄く張られた水の上を歩くような造りの石の道を抜け玄関ホールに入ると、ここで開催されている展示会のパネルやポスターが並んでいた。その中に、手に持つチケットと同じデザインのカラフルな一枚を見つける。
『世界で活躍する若手アーティストたちがここに集う』
そのキャッチコピーが俺の胸をいっぱいにして、心から誇らしく思った。そして、そこに並ぶ出展者を見て改めて頬が熱くなる。
そっとその名に触れると、トクンと心臓が音を立てた。
――ああ。勇の名前だ。
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