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「お母さん、行ってきまーす!」
台所で後片付けをしているであろう母に向かって、私は玄関から明るく声をかけた。
「忘れ物ない? お弁当はもった?」
「大丈夫だよー、時間割りでちゃんと確認したからー。お弁当バッグも持ってるしー」
心配性な母は、台所から大きな声で私に問いかけて来る。もちろん私は玄関でローファーを履きながら間髪を開けずに答える。
玄関の扉を開けながら、玄関横の鏡でショートボブの髪型とセーラ服のしわを大急ぎでチェックする。それから扉をしめると外の通りに向かって速足で庭を抜けていく。
長かったなー。
私の体は昨日までは男性だった。でも私の心は女性だった。
その事で長い間苦しんできたけれど、私が中学生の時に劇的な薬が開発されてそんな悩みも解消されたのだ。
その薬を使えば、男性の肉体を女性に、女性の肉体を男性に変えることが出来るようになる。しかもその薬は、服用して数時間で肉体が変化するという驚異的な代謝速度を持っていたので、前の晩に一錠飲めば次の日の朝には自分の望み通りの性になれるのだった。
ただし、薬の効果に個人差があって、薬を飲んでから肉体変化が持続する時間が短い人で数時間、長い人でも十数時間という具合だった。さらに、薬の使用者が増えると色々な副作用や欠点も判明してきていた。
しかしそれでも、性転換手術という外科療法でしか自分の心と体のバランスを保つ方法がなかった人達にとっては、多少の欠点があっても使いたいという人は後を絶たなかった。
私も、お医者さんに処方していただいた薬を飲んで、今日から女の子として、夢にまで見た女子高に通学することが出来るのだ。
今日から私も、女の子として学生生活を送れるのだと思うと、嬉しくて思わず駅に向かう歩きもはやくなってしまっていた。
* * *
──はぁ、はぁ。はぁ、はあ。
うわぁ、どうしよう。
満員電車の中、誰かが私の後ろから私のお尻をいやらしい手つきで触ってる。しかも、喘ぎ声まで聞こえて来るし。
やばいよ、やばい。
そんなことされたら、私……
* * *
「おい! 気安く私の尻に触るんじゃねえよ」
「いてててて……」
低く、どすの効いた声で、痴漢の耳元でささやきながら、私はお尻を触っていた手をぐいっとねじり上げる。すると、痴漢は驚いたように私の顔を見る。
さっきまであったセーラ服の胸のふくらみは消え、喉には立派なのどぼとけが現れていたからだ。
そう。
この薬の一番大きな副作用は、外部から性的な刺激を受けるとその効果が急激に無くなってしまう事だった。
普通の生活をしている場合には問題ないが、少しでもエッチな事を考えたり、エッチなことをしようとすると、体が元の性に戻ってしまうのだ。性的な刺激を受けることで、人間の種族保存の本能が体現し、薬の効果を打ち消してしまうらしい。
ああ、せっかく憧れの女子高生になれたのに。
今日から私は女の子になれたのに。
満員電車の痴漢のせいで、またもう一度薬を飲まなくっちゃ……
(了)
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