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男は傭兵だった。戦争を生業としていた。
ある日、男の部隊は敵の強襲を受けた。近くに焼夷弾が着弾して、男は吹き飛ばされて視力を失った。
味方の部隊は全滅して、身動きが取れず男は死を覚悟した。
その時だった。近づいてくる歌声が聴こえてきた。
琴線を震わせるように美しくも切なく、それでいて聴く者を奮い立たせる人間賛歌。
光を失った両目の瞼に、暖かい温もりを感じた。まるで太陽のようだった。
歌声は男の前で止まった。
「貴男はここで死んではいけません」
歌声の主は女性だった。
「さあ立ちなさい。生きるのです」
声に励まされて、男は立ちあがった。
「また会いましょう」
瀕死の男を残して、歌声は遠ざかっていった。
そして、男は奇跡的に救出された。
視力を失った男は、傭兵をお払い箱になった。
だが、生きる糧を失っても、生きる希望は失っていなかった。両目の光を失っても、瞼の温もりは覚えていた。
男は銃を捨て、ヴァイオリンを手にとった。
あの太陽のような歌声が、まだ耳に残っていた。そのメロディーが消えないうちに、独学で覚えたヴァイオリンで弾いた。
男はその曲を『太陽の詩』と名づけた。
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