24人が本棚に入れています
本棚に追加
モモはくすぐったそうに笑い、体をひねった。
「ちょっとシロ。後ろでそんなに嗅がれたらくすぐったいよ。オレ、そんなに変な匂いしてる?」
「ううん。変じゃないよ。甘くていい匂い」
するとモモは「甘い?」と首を傾げたあと、んーと何か考えるように人差し指を顎に置いた。
「シロは第二の性別って、まだわかってないんだよね?」
色っぽい流し目を向けられる。シロは「うん。ボク、ガッコーいってないから調べてない」と答えた。
この世界には男女の性別以外に『第二の性別』がある。身体知的ともに能力が高く、政を行う官職や才能のある人に多いアルファ、特別秀でた能力はないが最も人口の多いベータ、そしてオメガだ。
オメガは他の性にくらべて人口が極端に少なく、男女ともに妊娠出産ができる性だ。三ヶ月に一度という周期でヒートと呼ばれる発情期があり、その時期に体から発するフェロモンでアルファを誘惑するという。オメガのフェロモンはアルファの性衝動を誘い、理性さえも失わせるほどの力があるらしい。
オメガは『産むためだけの性別』と蔑まれることが多く、実際にオメガというだけでひどい言葉を浴びせられている人を、シロは街で何度か見てきた。でも実際には、なんとなく遠い世界の話だった。
というのも一番近くにいるオメガが、モモだったからだ。モモが街を歩いていてひどい言葉を浴びせられている場面に出くわしたこともなければ、実際にモモが発情期になっているところもシロは見たことがなかった。
「第二の性別がどうかしたの?」
するとモモはいつもよりちょっとだけ真剣な顔をして、
「うーん。シロはこれ以上オレの匂いを嗅いじゃダメかも」
とシロの肩をトンと押して遠ざけた。
「え、どうして?」
「どうしてって、オレ、もうすぐ発情期だもの」
モモはヒートを抑える薬草を煎じて、いつも飲んでいる。だからヒートでも症状が出ないのだと前に言っていた。自らもうすぐヒートだと告白するモモは珍しかった。
モモの言いたいことがピンとこなくて、シロは「どういうこと?」と首をかしげた。
「オレの匂いがわかるってことは、もしかしたらシロはアルファかもしれないでしょ?」
「え! ないよ! 絶対ない!」シロは即答する。
「絶対とは言い切れないよ。オレたちのお父さん、アルファだったから」
「でもモモ兄はオメガなんだよ。弟のボクだってきっとオメガだよ。ボク、体もちっちゃいし、少なくてもアルファだけは絶対にない……」
戸惑う自分を落ち着かせたいのか、モモは優しい微笑みをこちらに向けた。シロの頬っぺたを両手で挟み、くいっと顔を上げさせる。
モモの薄ピンクの瞳に、シロは自信なさげな自分の顔が映るのを見た。甘い匂いに混じって、化粧の香りもする。
「兄弟で性別が違うこともあるの。だから、ね? いい子だから今日はオレから離れて」
最初のコメントを投稿しよう!