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淡い青色の空には、白い月が浮かんでいた。夜の月よりも空に馴染んでいる。うっかりしていたら見逃してしまいそうだ。でもシロはこちらを見下ろす月にすぐ気がついた。牌楼の――大きな石造りの門の上にある、その月を。
モモ兄の尻尾みたいだ。
ふと見上げた空に白い玉を見つけた瞬間、そう思った。
「シロってば!」
割れるような少女の声にビクッとして、シロは目を月から正面に戻した。おかっぱ頭の上で長いウサギ耳を横に寝かせるようにピンと張ったミコトが、不満そうにこっちを睨んでいる。
「あ、ごめん。えっと、なんだっけ……?」
シロは頬を人差し指で掻きながら、生まれてから十三年間、姉弟のように過ごしてきた幼馴染みに尋ねた。
「もう何にも聞いてないじゃない」
「き、聞いてたよ」
「頭には入ってなかったってワケね。他に買わなきゃいけない物あるの?って聞いたの!」
この耳は見せかけかーっ、と赤いチャイナ服の袖から伸びてきた手に、ぐいっとウサギ耳を掴まれる。「いたたたた」と頭ごとミコト側に引っ張られ、シロは眉尻を下げた。
「きょ、今日はニンジンだけだからもう帰るよ。ていうか、ミコトのウサ耳だって見せかけじゃんか」
「あたしはちょっと聞こえるもん。シロとは違います~」
ボクだってちゃんと鍛えたら聞こえるようになるもん。そう反論したかったけれど、ミコトは自分に厳しい。反論したところで言い返されるのが目に見えている。シロはむうっと頬に空気を入れ、反論するのを諦めた。
自分にもミコトにも、耳が四つある。頭の上から耳が生えているのはウサギのような耳で、目の横についている耳が、昔地球上に暮らしていたシロたちの祖先である『ヒト』という生き物の名残らしい。
いまシロとミコトが立っているのは、香辛料であるハッカクと焼き栗の匂いに包まれた食糧品通りだ。ここ蘭兎中華街で、自分たちは生まれ育った。この中華街に棲む人々には、みなシロと同じく耳が四つのほかに、尻の割れ目の上に毛玉のような拳サイズの尻尾がついている。
特に尻尾に関しては、自分たちにとっての急所らしい。
シロの五歳上のお兄ちゃんであるモモは、風呂上がりにシロの髪を乾かしてくれるときや寝かしつけてくれるとき、
「ここは好きな人以外に触らせてはいけないよ」
とシロの尻尾を暇つぶしのように触りながら、いつもそう言った。
自分はたった一人の肉親であるモモのことが好きだ。見透かすようにこっちの尻尾を撫でるモモの手がくすぐったくて、ちょっとおかしかった。
モモの好きな人も、当然自分のことだと思っていた。だから自分がモモの尻尾に触るのも、許されることだと……
でも「モモ兄の尻尾、ボクも触っていい?」とシロがじゃれるようにモモの尻尾に手を伸ばすと、モモはいつだってふわりとこちらの手から逃げた。そしてにっこりと微笑みながら、唇の上に人差し指を置き、こう言うのだった。
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