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「ボタン下さい!」
「……え?」
桜色に染まる青空の下、今日が最後の登校日にセンチメンタルになる3月9日。
卒業式を終えた高校3年生たちは、校舎内での記念撮影にいそがしい。教室では涙ぐむ恩師を囲み、校門前では頬を染めた後輩に花束を渡され、グラウンドでは運動部がジャージ姿でつどっている。
それぞれ思い出の場所でにぎわう片隅で、校庭の端にぽつんと佇むプレハブ小屋の前に、二人はいた。
満開の桜の木てっぺんにも届きそうな長身の男子生徒が、咲きはじめの蒲公英のような女子生徒を見下ろしている。眼鏡越しの視線はどこか冷めている。
けれど女子生徒は負けない。
「お願いします。第2ボタン下さい……!」
「断っていいかな」
「そんな」
にべもなく返答され、瞳を潤ませる女子生徒に男子生徒は呆れた表情を隠さない。レンズ奥でゆるめた両目は、残念ながら照れ隠しではない。
「大学の入学式が来月に控えているのに、新品のスーツからボタンを奪い取ろうとするなんて、新種の追い剥ぎかな? 留美」
「ちっ」
「舌打ち聞こえているよ」
「わざとですー。情緒がないなぁ、即興劇でついてきてよね。部長のくせに」
「元部長だよ」
「今日までは部長だよ」
『演劇部』のプレートが提げられた部室棟の前、二人が微笑み合うと、ふわり、風にゆられ笑うように花びらが舞った。
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