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送辞①
『在校生代表、送辞』
司会の進行に沿って壇上に上がった顔の知らない後輩が一礼する。どうやら来年の生徒会長らしい。リハーサル通りに立ち上がった俺は周りに合わせて礼を返した。
だだっ広い体育館のステージの中央に設置された演台で、在校生代表は俺たちに向けて『三年生の皆様、本日はご卒業おめでとうございます』と言った。
何を祝われているのか、正直よくわからない。
「泣かないの? 八生くん」
隣から小さく声が聞こえた。
目立たないよう横目で見れば、隣に立つ女子が同じように横目でこちらを見ている。三年間同じクラスだった沙月実花だ。
「こういうので泣くタイプじゃないんだよ」
「まあ八生くんだもんね。でも今日を逃すと一生泣かないんじゃない?」
「それな。どうやったら泣けるんだろ」
「アニマル映画でも見る?」
「号泣だわ」
「それ見たら私たぶん笑っちゃうなあ」
沙月は俺の泣き顔を想像したのか、少し口元をにやけさせた。当の彼女も涙ぐむような気配はない。その間にも、式はつつがなく進行していく。
ステージの上に設置された『第73回 栄成高校卒業式』という看板を眺めた。見てはいるが頭には入ってこない。実感が湧かない、とはこういうことなのだろう。
けれど、それも仕方ないことだと思う。
なぜなら俺はこの三年間、何も成し遂げてこなかったからだ。それなのにどうして俺はこの高校を卒業できてしまうのだろうか。
「……俺、今まで何してきたんだろうな」
知らず口から零すように呟いていた。その思いは冷たい床に一度だけ跳ねて転がっていく。
そしてそれを両手で拾いあげるように、彼女は言った。
「八生くん色々やってたじゃん」
予想していなかった言葉につい彼女のほうを向く。「前、前」と注意されて、俺は慌てて頭の向きを戻した。
「え、俺なんかしてたっけ」
「憶えてないの? ほらあれだよ、サボテン部とか」
「……ああ」
そういえばそんなのあったな。
薄れていた記憶を塗り直すように、俺は高校生になったばかりの頃を思い出す。
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