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5月2日
言いたいことは、直接言えって言う。だけど、相手が見えないから伝えられることも、あると思うんだ。
言い訳がましく、スマホを弄る。目を見て訴える度胸もなければ、文字として残す勇気も無い。残る手段ははっきりしているものの、あと一歩を足踏みしている。
先延ばしにすればする程、辛くなるのをわかっているくせに。
糸電話が欲しい。紙コップをたこ糸で繋いだ、シンプルなやつでいい。キャッチボールができるくらいの間隔が開けば、言える気がする。小声で伝わるというのも、好ポイントだ。
何歳のガキだ。
10数分前に注文したホットコーヒーは既に湯気を立てなくなったというのに、視線はまだ通話ボタンとにらめっこをしている。
イライラしてきた。気にしなくなったハイヒールも、こういう時はひどく鬱陶しい。
「あのう」
今日はやめよう。告白なんて、私らしくない。あいつならきっと、腹を抱えて笑うに決まっている。
「え、ユキ?」
「えっ?」
降ってきた声に顔を上げると、記憶より細くなった男がいた。子どもらしい曲線は、男性らしい堅いラインに描き換えられている。発した声も、低くなっていた。
「え、久しぶり。偶然?」
それなのに、呼び方も驚き方も変わっていなかった。
「うん、たまたま」
だからといって、すぐに電話すればよかったなんて思ってないけど!
さも当然のように向かいに座ると、カウンター席からナンパかと冷やかしが入る。連れは男性だけらしい。
「そんなのじゃないし」
ですよね。カウンター席は、お友達3人が座って満席状態だ。ですよね。
ぬるくなったコーヒーカップに口をつけて、止まった。
「ねえユキ」
どうしてメニューじゃなくて他人のスマホを手に取るのか。画面は、まだ。
「俺に、何か用だった?」
純粋に訊かれたところで、ストレートに答えられる素直さは持ち合わせていなかった。
幸い、カウンター席の友人達は先客の女性達と話し込んでいる。
何でもないよと、言ってしまおうか。説得力の欠片もないけれど、押し通せるかもしれない。ただ、もう二度と機会はこないだろう。
糸電話が欲しい。紙コップとたこ糸で繋いだ、シンプルなやつでいい。距離が欲しいなんて贅沢は言わないから、欲しい。それなら今、言える気がする。
「好きだったんだ。ずっと前から」
紙コップの日
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