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5月3日
本と本の隙間からひらりと落ちたのは、見覚えのない封筒だった。数年前にアニメ化されて人気を集めていたキャラクターだが、宛先も差出人も空白になっていた。
「ったく」
ヘンなもの入れんなよな。
引越から1ヶ月も経ってから荷ほどきするヤツに言われてもなあ。
こっち来てから忙しかったんだよ!マンガも読めないくらいにね!
とはいえ、俺は言われるままに詰めただけですから。
暇そうにしてたから、仕事をあげたんでしょ。
はいはい。俺だって地元に残るだけで、暇だったわけじゃないんだからな。感謝しろよ。
脳内で親友とのやり取りをシミュレーションしながら、マンガ本を整理していく。付き合いが長く濃くなると、大抵のやり取りは予測できてしまうのだ。うん。
段ボール箱を潰すと、ホコリが舞った。
「うわっ」
お前、ちゃんと掃除してたの?
だから忙しかったって言ってんじゃん!
風呂とトイレと床は掃除する習慣つけろよ。女の子呼べねえぞ。
お前、それしか考えらんないわけ?
それはお前だろ、だから1人暮らしするって
充電するだけで満足していたスティック掃除機に、初仕事をお願いした。思いついたときに、風呂場とトイレ、おまけにほとんど使っていない台所のシンクを磨いた。
「あーあ」
マンガを読んで潰すはずだった休日は、掃除と整理の行き届いた部屋と引き換えに過ぎてしまった。最後まで床の上に残してあった封筒を拾い上げ、ベッドに腰掛ける。
まさかあいつ、自分宛のラブレターとか入れてないよな。
封はされておらず、中に入っていた便箋は1枚だけだった。二つ折りにされたのを開くと、1文だけ書かれていた。
お前のそういうとこ、嫌いで好きだったよ。
ちょっと武骨で、なのに達筆と呼ぶには個性の強い字。封筒とセットになっているキャラクターものの便箋には似合わない、男の文字だ。
ねえ、どういうつもり?
問いかけても、返事は来ない。表情も浮かばない。
俺は知らないからだ。人との別れを惜しむような、親友の姿を。見たことがないからだ。
「ばか」
寂しいのなら会いに来いよ。電話くらい寄越せよ。知ってるか、今ってすごく便利な時代なんだぜ。
知ってる。掃除機だって、軽くて便利だもんな。
お前何様のつもり?俺と同い年だろ。なあ、俺もお前のそういうとこ、嫌いで好きだったよ。
そうじの日
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