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5月6日
蓋を開けたばかりの弁当箱に、影がかかる。
「今日も手作り?」
伸びてきた手を払って、もうひとつ作ってきた弁当箱を差し出す。
「えっ、何これまさか」
「断じて違うから。ランチの予定が立ってないなら、これ食べて」
社員食堂の一角、空席が目立つ中で、わざわざ目の前に座ってくれなくてもいいのに。
内心をよそに、同期は蓋を開けて目を輝かせる。うん、この反応を期待してたのよ。アンタじゃないけど。
「で、どうしたのこれ」
俺のじゃないんでしょ、とわかりきったことをおっしゃる。物食いながら喋るなって言われたことないの。
「係長にこの前プレゼンでお世話になったから」
「は?」
「奥さんが寝込んで昼飯に困ってるって言ってたから、お礼を兼ねたの。いやらしい意味はありません」
ありません。それは断言できる。
「じゃあなんで俺が食ってるの」
私の分より2倍以上入る弁当箱が、空になろうとしている。最後に残ったのは、
「このコロッケうまっ」
「そう、これが原因」
「は?」
上司に作る物なので、リクエストは聞いておきたかった。お子ちゃま舌を自称してきたので、卵焼きは甘め、豆苗のナムルは胡麻油を多めに入れた。
「冷食なのね、これ」
冷凍食品。
「へえ」
と言っても、近所の精肉店で評判のコロッケなのだ。疲れた体で行列に並ぶという手間をかけた。
「そしたら、手抜きは食えないって」
「へーえ」
「コロッケってどんだけ手間かかるかわかってんの?芋をふかし、潰して成形し、衣をつけて揚げるのよ?全部火が通ってるから揚げ色がつけばよし、って何?何様?あんた奥さんに毎回そこまでさせてるの?ほんとに?どうして当たり前って思えるの?」
「どうどうどう」
差し出された500円玉を返した。そんなつもりで作った物ではないし、おかげで夕飯は好きな物を食べられる。
「私絶対あんな人と結婚できない」
「向こうもそうだろうから、安心しな」
ま、頑張って俺みたいなのを探すことだね。
缶コーヒーは、ありがたくいただくことにした。
「次は冷凍でいいから、グラタン食いたい」
「自分で入れてこい、馬鹿」
ちょっとときめいた自分が、馬鹿みたいだ。
「えー」
デリカシーがあるようでない、この同期みたいな男も、ごめんだと思うのだ。
コロッケの日
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