5月1日

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5月1日

机の上に通学鞄を置く。こんな日常も、懐かしくなるのだろうか。やけに感傷的になるのは、今朝の会話のせいだ。 「DK、若いなあ」 年齢差は片手で数えられるのに、兄貴が随分年取って見えた。 「新しいクラス、どう」 「どうって言われても」 就活を機に、髪色を黒に戻したからだろうか。ネクタイを緩める姿が、父とよく似ているからだろうか。 「そろそろ席替えとかしねーの」 ここ最近、やたら高校時代が懐かしい。昨夜は酔っ払いの戯れ言と思って聞き流していたが、そうでもないのだろうか。 「したよ、昨日」 「へーえ、隣は?美人?」 昨日の放課後に机を移動させた。部活の時間まで押していたので、周囲に誰がいたかまでよく覚えていなかった。そもそも、クラスメイトの顔ぶれをまだ把握できていなかった。 「さあ」 「さあってお前...」 休み時間は部活のやつらと絡んでいたし、教室を出て人付き合いをすることが多かった。体育の球技が始まれば変わるだろうが、まだ体力テストの途中だ。 「恋のチャンスだろうが!隣りに!美人がいたら!それだけでテンション上がるだろ!」 「くだらねえ」 「くだらなくない!」と米粒を飛ばす兄貴には目もくれず、玄関に向かった。右手に鞄、左手に楽器ケースを提げるのを、忘れない。 「行ってきます」 ドアを開けると、控え目に送り出された。まだ、大声を出すには早い時間だ。 朝練を終えて教室に入ると、既に半分以上が登校していた。 机の上に、通学鞄を置く。窓際から2列目の真ん中。すごくビミョーな布だったよななんて、いつか笑う日が来るのだろうか。 「おはよう」 自分への挨拶な気がして、左隣を見る。 「おはよう...(ひいらぎ)」 そうか。柊だったのか。こいつも放課後はすぐに部活だから、分からなかったのも無理はない。 柊は気だるそうに、窓の外を向いた。まるで、死んでいるみたいだ。縁起でもないことを考えるが、間違ってはいないと思う。 「今日、雨だったんだな」 「うん」 ボール、受けてもらえなかった。 そうか、とだけ返した。返事はかえってこなかった。 恋のチャンスは来そうにないけど、柊のヒッティングマーチは完璧に吹けるようになりたいと思ったよ、兄貴。 恋が始まる日
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