32人が本棚に入れています
本棚に追加
4月6日(昼前)
「エイプリルを呼んでください!」
カウンターに両手をつき、白魔道士の女が身を乗り出した。宿屋の主人は、白いローブの胸元を無遠慮に眺めながら、その下に開かれた宿帳をちらりと確認する。
「205」
主人が気怠げにそれだけを言うと、
「呼んできます!」
女の傍で子どもの声がした。
見れば、いつの間にか隣には痩せた少年が立ち、大きな目で女を見上げている。差し出された手に銅貨を一枚乗せると、彼は踵を返して階段を駆け上がって行った。
小さな宿屋だから、すぐに下りてくるだろう。
呼び出したエイプリルを待つ間に、女はぐるりとまわりを見回した。
ロビーにはテーブル席がいくつかあるが、昼前だからか客は一人しかいない。
陽のあたる窓際の席で木苺のジュースを飲んでいるのは、鳥の巣のようなもじゃもじゃ頭の少女だ。まだ十歳ほどだろうか、退屈そうに足をぶらぶらさせている。
村にいた頃のエイプリルに少し似ている。女はそう思い、目を細めた。
茶色い巻毛を揺らして森を走り回っていた、幼なじみの少女。一年ぶりの再会に、胸が高鳴る。
「俺がエイプリルだ。なんの用だい?」
女の頭上から、野太い男の声がした。顔を上げると、熊のような図体の男が階段を軋ませて下りてくる。
最初のコメントを投稿しよう!