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 夜も明けきらない暗闇の中、辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。公園の東屋(あずまや)の周りに規制線が張られ、ブルーシートで囲われ外部からは見えなくなっている。その周りでは多くの警察官や科捜研の所員たちが捜査に当たっていた。  早川と近間(ちかま)は現場近くに車を停めると、警察手帳を見せながら規制線の中へと入っていく。 「遅くなりました。何か進展はありましたか?」 「おぉ、早川。まだ何も……通報があったのが一時間前、確認に来た警官が見つけた時にはこの有様だよ。被害者の生死もまだわからないからな。ただまぁ、これだけの出血量なら、ほぼ即死のような気もするがね」  猿渡(さるわたり)警部の言葉を聞いて、早川の後ろに立っていた近間がニョキッと顔を出す。 「まだご遺体は出ていないんですよ! もし生きていれば、私たちの救いを待っているはずです! 早く捜査に入りましょう」 「まぁ君に言われなくてもわかっているよ」  怪訝そうな顔で近間を見てから、再び視線を東屋に向けた。  公園の東屋の中は、大量の血痕で埋め尽くされ、足の踏み場などない。ただ引き摺られたような跡はなく、犯人の足跡すらもなかったため、被害者をどう運んだのかは謎だった。 「今近くの防犯カメラの映像を解析してもらっている。現状では、被害者が誰なのかもわからないしな……」  その時、背後から早川たちを呼ぶ声がして振り返ると、科捜研の濱野(はまの)が手に何かを持って走ってくる。 「駐車場に向かうルートにこれが落ちていたんです。もしかして被害者のものでしょうか?」  黒色の綿バッグには、鍵盤のイラストが描かれている。濱野からバッグを受け取った早川は、中身を確認していく。 「楽譜ですかね? 他に手掛かりになるようなものはないですか?」  近間は中を覗き込もうとして、あるものに気付く。 「あっ、早川さん! ここに名前が書いてありますよ。今時珍しいですね」  バッグの内側にローマ字で書かれた名前を見て、早川は息を飲んだ。 『AYANE(あやね) NARITA(なりた)』 「なりたあやねさん……でしょうか? 早川さん?」  近間の言葉でハッと我に返る。まさかそんなことがあるはずはない。きっと偶然だろう……そう思うのに、動揺が隠せなかった。 「悪い……知り合いに同姓同名がいたからつい……」 「……その方ってピアノの先生ですか?」 「わからない……音大に行ったことまでは知ってるんだが……」  近間はバッグの中を探り、中からピアノ教室のチラシを見つけた。 「早川さん、とりあえずここに行ってみましょう」 「そうだな、カバンの持ち主が被害者の可能性だって大いにあるんだ。二人で行ってきなさい」  猿渡警部に指示をされ、二人はピアノ教室へと急いだ。  
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