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八月二週目から降り始めた雨はもう、一週間以上続いている。溶けそうに暑かった日々の気温が嘘のように下がり、最近では睡眠時の冷房も扇風機も不要になった。
「俺、昨日毛布出した」
教室の一番後ろの席。皆川あかりは、制服の長袖シャツの袖ボタンと格闘しながら言った。
「毛布!? さすがにないわ。あかりってホントに寒がりだよな」
皆川あかりの親友の山下友哉が、上手くボタンが止められないあかりの代わりにボタンを止めてやる。そればかりか、髪を切りに行くのが面倒で、伸びっぱなしになっているあかりの髪を緩いハーフアップに結ってやった。
これが、東川高校ニ年C組名物「いちゃわちゃコンビ」の日常だ。
おっとしているあかりの世話を、十四年来の腐れ縁であるしっかり者の友哉が甲斐甲斐しく焼く。
あかりが子供なら友哉が母親、あかりが夫なら友哉が妻。クラスメート達は二人の関係を笑い話のネタにしながらも、一種癒やしのように思っている。
高校ニ年生ながらに友哉の高い包容力と、あかりの抜けた人柄……無頓着で、放っておいたら同じ場所で何時間も空を見ているような浮世離れしたところがある──が、人好きされる所以なのだろう。
「さぁ、もうひと踏ん張りだな。長かった夏期講習もあと一時間で終わり。あかり、週末の花火大会、今年も行くよな? あと、プール。晴れたら行こうぜ」
学校の半強制の夏期講習の為、夏休みと言えども諸手を上げては楽しめなかった学生達は、友哉だけが例外でなく、皆、残り二週間を切った夏休み期間を謳歌しようと、額を寄せ合って計画を練り始めている。
そんな中、あかりだけは大きなあくびをして机に伏せた。
「んー……。友哉が連れてってくれるなら着いていく。今はとりあえず眠いから寝る」
「!? おい、寝るな。今から物理が始まるんだぞ、あかり? あかりってば」
友哉が肩を揺するもあかりは伏したまま顔を上げることをせず、静かな寝息を立て始めた。
「あーあ。お昼におにぎり、三個も食べさせるからだよ」
あかりの机の横を通り過ぎながら友哉に声をかけたのは杉原杏璃。小柄な体型に前髪を切り揃えたボブカットの為か、彼女は同級生達よりも幾分幼く見える。
座席に座っている友哉はあかりの肩に手をかけたまま杏璃を見上げた。自然にぽかん、と口が開く。
杏璃が話しかけてくるなんて、いつぶりだろう。
「あ、うん」
驚きで、それしか言葉が出てこなかった。杏璃はその様子に気づいたのか気づいていないのか、ふふ、と軽く笑うと自分の席へ戻り、隣の席の生徒と会話を始めた。未だ友哉の視線が背中に向けられていることには気づいていない様子だ。
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