マーガレット

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 友哉とあかり、杏璃は、同じ社宅の同じ棟、同じ階に住む幼馴染み同士だった。ただ、三人が性別関係なく犬っころみたいにじゃれあって遊んでいたのは小学校五年生頃までで、小学校卒業と同時に杏璃が隣県の戸建てに引っ越してからは、より疎遠になっていた。  それが高校で再会。しかも二年生では三人、同じクラスに集まったと言うのにまるで初対面同士のように、いや、それ以上に関わりがなかった。  なのに杏璃から声をかけてくるなんて、どういう風の吹き回しだろう。  ──夏のせいかな  暑くはなくなったけれど、夏は人を開放的にさせるものだ。  友哉は杏璃の背から目線を外し、あかりを揺さぶるのもやめて授業の準備をした。  その口元は、ほんの少し、綻んでいた。  友哉は、授業にはあまり身が入らなかった。頭の中には小学校の頃の思い出が浮かんでは消え、また浮かんでは、を繰り返している。  市街中心地から車で一時間ほどのこの辺りは、日本で最もため池の数が多い県内の、その中でも県内最古のため池を有する地域で、三人のたまり場はたいてい、ため池公園の中の四阿がある一角だった。  約束するでもなく、休日の午前九時を過ぎると横並びになった各自宅の玄関ドアが開いて、三人は水筒を下げ、お昼ご飯が入ったリュックを背負って外に駆け出したものだ。  友哉は体にたくさんの緑の汁をつけて昆虫を追い回したし、杏璃は草花を辞典で調べてはスケッチを、あかりに至っては四阿のベンチに座って、飛来するサギやハマシギを飽きることなく眺め続けていた。  三人三様、別の行動を取っていても誰が咎めるわけではない。互いが互いの自由を認め、時に発見を報告すればニコニコと笑って聞いてくれる。  子供ながらに、この友人たちとの空間は一番居心地のいい空間に感じていた。  しかし、ある夏の日を境に杏璃が十時を過ぎても玄関から出てこなくなった。    あれは……。  セミの鳴き声が「ツクツクボーシ」になっていた気がするから、今くらいの時期だろうか。  杏璃は夏休みの自由研究の題材を「ため池の水草・ヒツジグサ」にしていて、いち早くまとめが終わったのだと、色鉛筆と自由研究ノートを広げて見せて、満足気に笑っていた。  ヒツジグサはスイレン科の多年性水草で、黄色いやくに、多数の白い花弁がついた可愛らしい姿をしている。杏璃は元から白と黄色の組み合わせが好きなのを友哉は知っていたし、その日杏璃が着ていた洋服も、薄い黄色のTシャツに白いショートパンツで、とても可愛らしくて似合っている、と思ったのを友哉は覚えている。
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