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あ、と思った時には杏璃はバランスを崩してため池の水際に尻もちをついている。
──助けなきゃ。
そう思ったのに、友哉は出しかけた手を引っ込めてしまった。
杏璃の足のあいだに落ちた一輪の白い花。それを取り巻くように、強烈な赤色が水面に滲んだからだ。
あかりは呆然とそれを見ていて、友哉は、杏璃に怪我を負わせたのかと小さなパニックを起こしかけた。
杏璃は二人の顔を見て眉を寄せ、その視線の先を見た。眼下にあるのはマーブルに模様を描く赤い色。杏璃は大きな目をより大きく見開くと急いで立ち上がり、ものも言わずにあかりと友哉に背を向けた。そしてそのまま、杏璃はあっと言う間に四阿に置いてある荷物を背負って公園の出入り口へと駆けて行ってしまった。
残されたのは水面にぽつりと揺蕩う、白い花だけ。
追いかけなくては、と思ったけれど、友哉は白いショートパンツのお尻に滲んだ赤さの理由に気づいて体が動かなくなった。あかりはわかっていたのかわかっていないのか……おそらくわからなかったのだろう。
「花、落ちちゃったね」
小首を傾げて、友哉にそう言っただけだった。
──そうだ、あれがきっかけだ。
あれから互いの性が違うことをはっきりと自覚した。
そして、今ならわかる。
友哉はあの頃、杏璃に対して幼い恋心を育み始めていたのだ。
だから余計素直に杏璃に謝れなくなって、友哉からも杏璃との距離を置き始め、あかりとばかり遊ぶようになったのだ。
それに、なんとなく気づいていた。杏璃はあかりが好きだってことに。
あかりは幼い頃から愛や恋には無頓着で、多分「恋心」からは程遠いところにいる人種だ、と思う。杏璃の気持ちには全く気づいていなかったし、花を挿してやったり「かわいい」と言ったのも、純粋な気持ちからだったのだろう。
けれど、友哉は頭の隅で思っていた。
杏璃が好きって言ったら、あかりも杏璃を好きになるかもしれない。杏璃を取られたくない……違う。そうじゃない。杏璃とあかり、二人に置いて行かれたくない……!
とても子供じみた感情だった。とは言え、実際まだ十一歳になる年齢で、いつも行動を共にしていた仲間のあいだに変化が起こるのは嫌だった。ずっとこのまま居心地の良い関係を紡いで行くんだと、当たり前に思っていたのだから。
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