マーガレット

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 でも、気づいてしまったのだ。杏璃は女の子で、いつかはこの関係に変化をもたらす生命体なのだと。  結果、杏璃を好きだった気持ちは極端に真反対に向かい、自分が一緒にいたいのはあかり(男友達)だけなのだと思い込もうとしてきた。  そこから杏璃と行動を共にしなくなり、無頓着なあかりの世話を杏璃に代わり、友哉が焼いてきた──あかりをまた別の杏璃……女の子と言う名の生命体に関わらせないよう、無意識に目を配りながら。  おかげであかりと友哉は唯一無二の「親友」であり続けられている。きっともう、この関係は変わらないし、今なら互いに恋人が出来たって、自分達は親友なのだろう。もう子供じゃない。歪んだ独占欲を持つような年齢ではないのだから。     授業の終わりを告げるベルが鳴り、友哉は再び杏璃の背に目をやった。 ──あかりと一緒に杏璃に話しかけてみようかな。  後ろの席のあかりを見ると、あかりはまだ眠っている。物理の教師はやる気のない生徒には意識を向けないタイプで、始業の挨拶にも立たなかったあかりには注意の一言もなかった。 「だからって、寝すぎだろ……おい、あかり」  揺すりつつ、長い付き合いからあかりが一度眠ったらなかなか起きないのを知っている。  案の定、伸びた細い髪が揺れるほどに肩を揺すっても、あかりは「んん」と唸っただけで目を開ける様子はない。なら、先に杏璃に声を、と前方の席に体を半分戻した時には、既に杏璃の姿はなかった。  あの夏の日、走り去った杏璃を見送った時に似た胸の空虚感。またこのまま、杏璃との距離は開いたままになるのだろうか。  友哉は眠ったままのあかりを置いて席を立った。  追いかけたら、校門のあたりで杏璃をつかまえられるかもしれない。  教室の後ろのドア枠に手をかけ、滑るように廊下に出る。 「良かった。まだいた」 「わ」  廊下を出て一番に出会った相手は杏璃だ。杏璃は胸の前で両の手のひらに乗る大きさの鉢を持っていた。   鉢には、黄色の花心に、白い花弁をつけた花が背を伸ばしている。  ──この花は……そうだ、あの夏の日の。 「マーガレット」  確かに杏璃がそう言ったのを思い出した。 「そう! 良く知ってるね」 「ああ、そりゃ……」 「あかりもまだいるよね?」  答える前に、杏璃は友哉の横をすり抜け、眠っているあかりの方へ足早に歩いた。 「あかり、まだ寝てるの? 本当に良く眠るよね」    身をかがめてあかりの様子を覗き込み、まだしばらく眠りから覚めないことを察してか、杏璃はあかりの隣の席に座り、鉢を机に置いた。
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