16人が本棚に入れています
本棚に追加
「杏璃、待って。俺、ずっと杏璃に謝りたくて……あの時、転ばせてごめん。もしもあの時、俺があんなことをしなければ俺達ずっと一緒にいられたかもしれないのに」
早口になってしまう。
謝罪と後悔。そして、引きずったままの幼い恋心を全て暴露してしまいたかった。
友哉はひと呼吸置いて、再び口を開く。が、友哉が声を発する前に杏璃が先に言った。
「いなかったよ、きっと。どのみちバラバラになっていたんじゃないかな。性別の差異は大きいもの。でも……あの日が無ければ、もしかしたらあかりのそばには私がいられたかもしれないのにっていつも思ってた」
見えなかった杏璃の顔が真正面に友哉に向いた。意志のある目で睨むように友哉を見ている。幼い頃には見せたことがない、大人びた表情だった。
「杏璃……」
「私、友哉を恨んでた。マーガレットを見るたびあかりを恋しく思って、それから、友哉を憎らしく思った」
杏璃はあかりのそばから離れ、半歩進んで友哉に近づいた。
着座のままの友哉を表情を変えずに見下ろす形になり、虚を衝かれた友哉は体を強張らせる。
「ぷっ」
不意に杏璃が吹き出した。それから口元を押さえて可笑しそうに笑いをこらえている。
「友哉の顔! 私、そんなに迫力あったかな? ふふ。大丈夫。全部過去形だよ。私、子供を卒業するって言ったでしょ? マーガレットを咲かせたのと同時に、わだかまりは消えたの。でも、そうね。謝ってくれるなら、ひとつだけお願いを聞いて?」
──お願い?
声には出ていなかったが、杏璃は構わず続けた。
「あかりが起きたらマーガレットの花言葉を調べて、って伝えて。それだけでいいから」
杏璃はあかりのハーフアップの結口に挿したマーガレットの花弁をくすぐって満足そうに笑むと、上靴の底で床をキュッと鳴らしてドアに体を向けた。
そして、あっと言う間に教室から出ていく。
あの夏と同じだ。
友哉はただ呆然とするだけで、杏璃の背を見送ることしかできない。
違うのは、杏璃の背中や腰のライン、揺れたスカートの裾から伸びた脚が、思っているよりずっと、あの夏よりも女らしくなっていること。
杏璃はやっぱり俺達とは違う生き物なのだ、と痛烈に思った。そして、その生き物に慟哭を覚える自分がいる。
最初のコメントを投稿しよう!