マーガレット

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 気持ちを落ち着かせようとスマートフォンを出した友哉だが、ふとマーガレットの花言葉を調べてみようと思った。 「白いマーガレットの花言葉は……秘めたる愛」  胸が傷む。  でも、変わりたい。自分も今度こそ、大人になって行く杏璃に肩を並べたい。 「あかり、あかり起きろよ」  友哉はあかりの肩を強く揺さぶって覚醒を促した。あかりはんん、と唸ってようやく顔を上げた。寝ぼけ眼のあかりには眠っていたあいだのことはなに一つわからない。髪に挿された花には入浴時まで気付かないかもしれない。  このまま黙っている選択肢もあった。けれど、友哉も変わりたいと思ったのだ。狡さを正当化する幼さから卒業したかった。 「今さ、杏璃がいたんだよ。あかりにマーガレットの花言葉を調べて欲しいってさ」  杏璃のお願いを伝える。それから、これから正々堂々と気持ちを育む為に、ケリをつける言葉も付け加えた。 「あかり、家に帰ったら髪の後ろ、鏡で見てみな。杏璃がお前に返すってさ」 「?」  あかりは泣きぼくろのある目元を左手でこすりながら、右手を後ろに回して髪に触れた。柔らかい花心が指に触れ、手を目の前に戻すと黄色い花粉がついていた。  あかりは首を傾げたまま友哉を見ている。 「あかり、俺、今度はちゃんとやるから」  友哉が決意に満ちた顔をして言うのを、あかりはますます不思議そうに見た。  ──あかりが家に帰ってマーガレットと花言葉に気づいたら、あかりも変わるかもしれない。  夏休み明けにはあかりの隣で杏璃が笑っているかもしれない。  友哉が蚊帳の外になる可能性だってある。  でも、それでも。  あの夏、池に浮かべたままにした幼さ。友哉自身の秘めたる恋心。  それらから卒業し、今度は素直に、正々堂々と杏璃への気持ちを育もう。  夏の夕暮れ。  あかりと二人、紫の色に溶け込みながら、友哉は心がほんの少し大人になった自分に満足して口角を上げ、再びマーガレットの花に触れようとするあかりを見て目を細めた。 END
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