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聞こえてきた不穏な声
余計な陰口も聞こえず、視線も感じない。純以外にはだれもいない会議室。こぢんまりとした広さだが、一人で使うには十分だ。
テーブルに参考書とノートを広げた純は、イヤホンをはめてスマホを見つめていた。画面にうつるのはドラマの一幕だ。
母親である女優の美浜妃が、犯罪組織の一員である悪女を演じている。涼しげな目に、くっきりとしたボディラインを際立たせる衣装。最後の最後でどんでん返しを見せる、色っぽい詐欺師の役だ。
純はドラマの途中でメッセージアプリに切り替えた。
『ママの演技、相変わらずすごいね。悪役のオファーが増えるよ、絶対に』
すぐに既読がつき、返事が来る。
『え~、困る。これ以上忙しくなったら家に帰れないじゃない』
『俺はママがたくさん活躍するの、嬉しいよ? テレビでいつでもママを見られるし』
父親も、母親も、この世界で成功し続ける。この仕事以外は考えられない。容姿も人柄も愛され、常にスポットライトが当たる人生だ。
『お仕事、がんばってね』
スマホとイヤホンをカバンに入れ、目の前の教科書とノートに手を付ける。頭を勉強モードに切り替えて、ノートにペンを走らせていった。
静かな部屋の中で響くのは、ペンが動く音と、教科書をめくる音だけだ。
キリのいいところでペンを置き、背伸びをする。イスに背をもたれ、天井を見すえた。
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