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断りたいスカウト
急いで通学カバンを背負い、使っていたイスに手をかけた。
テーブルに入れる前に、ノックの音が響く。
――間に合わなかった。腹をくくり、口を開く。
「……どうぞ」
返事を受けてドアが開いた。入ってきたのは、六十そこそこの女性だ。
「おはよう、純ちゃん」
濃いピンクのスーツに、パーマがかかったボブヘア。大きい宝石のついた装飾品が、耳と首元、指でギラギラと輝いている。派手な装飾品の影響もあり、近寄りがたい異様な雰囲気を放っていた。
純は、この女性の正体を知っている。先ほどの焦りなどなかったかのように、和やかにほほ笑んだ。
「おはようございます、社長。お久しぶりです」
強烈に印象を残す容姿のおかげで、社長は会長と同じくらいに顔が知られている。
幼いころから度々事務所に来ていた純と、顔を合わせることも多かった。
「あら、どこか行くところだったの?」
すぐにでも部屋を出ようとしていた純に、社長は不思議そうな表情を向ける。
「……シャーペンの芯がなくなったので、買い足しに行こうかと」
「ああ、勉強してたんだ? そういえば、今年受験なのよね」
社長は足音を響かせながら近づき、純のななめどなりに座る。この状況で、純が無理に部屋を抜けることはできなかった。
社長に合わせるよう、純も続けて腰を下ろす。
「どこの高校を受けるのか、もう決めてるの?」
「具体的にはまだ。でも、できれば上を目指そうと思ってます」
「それはいいわね。純ちゃんは勉強できるタイプみたいだもの。パパと違って」
社長は優しい笑みを浮かべ、口元に宝石だらけの手をあてた。
「パパがあなたと同じくらいの頃は、勉強なんてからっきしって感じだったのにねぇ」
「楽器ばっかり触ってた?」
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