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事務所の女性社員が恵のもとに駆け寄ってきた。気づいた恵は立ち止まる。
「おはようございます、星乃さん。すみません、実は、打ち合わせの時間が遅れそうなんですが……」
「ああ、全然大丈夫ですよ」
「ほんとうにすみません! ありがとうございます!」
申し訳なさげに頭を下げた女性社員は、恵の後ろに視線を向けた。
「あの、こちらは? 」
「はじめてでしたっけ? 息子の純です」
「あー……」
女性社員は苦笑し、反応に困っている。純は気にせず目を細め、礼儀正しく頭を下げた。
「奥さま似ですかね?」
「俺にはまったく似てないから?」
「いやいやそんな……」
純が父親から譲り受けたものは、身長と、艶のある赤毛だけだ。
ぱっちり二重の父親とは違う、切れ長の妖しいキツネ目。父親の派手なオーラに隠れる、存在感のなさ。親子で並ぶと、似てないことをよくいじられたものだった。
恵が人当たりのいい笑みで返す。
「じゃあ、先に部屋いって待ってますから」
「はい! すみません! 失礼します!」
立ち去っていく女性社員を恵は笑顔で見送り、歩き出す。
「ごめんな~。今日はやっぱり遅くなるかもしれねぇ」
「うん。大丈夫だよ」
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