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純は反抗期真っただ中と言われる年齢だが、そんな要素はみじんも感じさせなかった。ただただ大人しく、静かで、嫌な顔一つ見せない。
恵についていきながら、辺りをゆっくりと見渡す。事務所に足を踏み入れてからずっと、スーツ姿の事務所職員が小走りで動き回っていた。その中には段ボールを運んでいる者もいる。
「……なんか、事務所の空気がいつもと違うね。なんだろう、みんな、なにかに焦ってる」
「ああ。今朝のニュースでやってただろ。今日から完全に、会社の全権が社長に移ったんだよ」
恵は歩きながら純に顔を向け、低めの声で続ける。
「社員たちも大変だろうな。事務所の経営方針も少なからず変わっていくだろうし」
「そうだね。……まあ、でも」
妙に力のある声で返した。
「パパにはなんの影響もないから大丈夫だよ」
純だけは、断言できた。
父親の芸能生活が、この先も絶対に安泰だということを。
「もう! なんべん言ったらわかるの!」
ヒステリックな女性の声が、背後から耳に突き刺さる。
「要領悪すぎでしょ! ほんといい加減にして! 」
父親と年齢が変わらない大物女優が、後ろから不機嫌な足取りで通り抜けていく。そのとなりで、マネージャーらしき若い男性が、ペコペコと頭を下げていた。
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