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面会時間が過ぎて、荷物をまとめて帰り支度をしていたら、
「やっと見付けた。帰るよ」
さっきの男性に声を掛けられたから心臓が止まるくらい驚いた。
「雨がさっきよりも強く降っているんだ。電車もバスも遅れている。母に頼んで迎えに来てもらったから家まで送るよ。荷物はそれだけ?」
「はい、そうです。大丈夫です。自分で持てますから」
「困ったときはお互い様だ。遠慮はなしだ」
「あ、で、でも……」
戸惑う僕にはお構いなしで男性が荷物を持つと先に歩き出した。
「俺の名前は湯野陽向。友だちはゆのって呼んでいる。だからゆのでいいよ」
「僕は柚木咲良です」
「咲良ちゃんか。予想していた通り可愛い名前だね」
まさか可愛いと言われるとは思わなくて。頬がかぁーっと一気に熱くなった。
外に一歩踏み出すとザァーザァーと音を立てて雨が強く降っていた。濡れなかったのは、誰かが傘を差してくれたから。
「ありがとうございます」
白杖を握り締めて頭を下げると、
「路面が濡れているからゆっくりでいいわよ。そのまま真っ直ぐ前に進んで。ちょっと陽向、ドアくらい開けてあげなさい。たく、気がきかない子なんだから。だから彼女も出来ないんでしょう」
「母さん、それとこれとは関係ないだろう」
男性が声を尖らせた。
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