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「弁護士の安藤さんだって。咲良さん知っている人?」
ゆのくんが名刺を握らせてくれたけど、僕にはそれを見ることが出来ない。本当はその名前に聞き覚えがあったけど、
「僕は知らない」
首を横に振った。
「疑って申し訳ありません。本当に咲良さんの知り合いなんですか?」
「は?」
男性が大げさなため息をついたのが分かった。
交通事故に遇う三日前のことだ。
「もう二度と電話を掛けてくるな!」
温厚でめったなことでは怒らないお爺ちゃんが受話器に向かい大きな声で怒鳴っていた。
「お婆ちゃん、何があったの?」
「何でもないと嘘をついてもすぐにバレるよね。実はね柚木家の顧問弁護士の安藤という人から何度も電話が掛かってきてね。翔悟さんが咲良を手元に引き取りたいって言ってるみたいなのよ。年寄りは老い先短い。一人残される咲良が不憫だ。冗談じゃないわよ。私たちをバカにして。今は人生100年時代よ」
お婆ちゃんも怒りを取り越して呆れ果てていた。
翔悟さんというのは母違いの兄だ。一回り以上年が離れている。祖父母から聞いた話しだと小さいころ何度か会ったことがあるみたいだけど、幼すぎて翔悟さんの記憶がまったくない。だからどんな人なのか分からない。
「失礼します。行こう、咲良さん」
ゆのくんが僕の手を掴むと、男性から逃げるようにすたすたと歩き出した。
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