気高き薔薇は玉座に眠る

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 私は張本人であるその女に、身ぐるみを剥がされた。そればかりでない。黒い円形の広場へ連れていかれ、放り出されたのだ。そして一瞬で察知した。これから我が身に起こる運命を。この魔窟に幽閉されていたよりも遙かに恐ろしい運命を。  私が立たされたのは処刑場だ。寒冷地から出ただけでも体が熱っているというのに、私はこれから焼かれようとしているのだ。  どこから火が出ているのかは判らないが、黒い地面からは猛烈な熱気が立ち昇った。と思う間もなく体からじゅうじゅうと音が出る。煙が出る。香ばしい匂いも鼻に届く。  時折処刑場が激しく揺れる。躓いた拍子に焼かれていなかった部分まで地面に着いてしまった。じゅう、とひと際大きく音が鳴った。  揺られては転び、転んでは焼かれ、と繰り返すうちに、けたたましかった音はしゅうしゅうと尾を引きながら止まった。ほっと溜め息を吐いた。  体の色は焼けてすっかり茶色になってしまった。女にころころと転がされ、白い円盤に移される。全く、一つの場所に落ち着く暇がない。  今度は円盤が高速で移動し始めた。どこへ攫われるのかと思っていると、ひどく明るい場所へ着地した。  そこは周囲を見下ろす高台にあった。恐らく城の最上階だろう。間違いない、私は玉座へ引っ張り出されたのだ。  逃げ出そうと振り向くと、そこにはこちらを見下ろす女がいた。  幼子が慌ただしく私の傍へ駆け寄ってきた。遠くで呪歌を口ずさんでいた子だ。近くで聴くとそれは呪歌ではなかった。高くやわらかい声と旋律の判らない音楽。およそ魔力が込められているとは思えない拙いものだったが、恐怖心は忽ち氷解した。治癒の魔力でも込められているのか。それとも私を懐柔しようとしているのか。  彼と彼の歌に恐怖心を抱けないことはさほど恐怖ではなかった。大きな瞳と小さな口。幼子には未知なる力がある。そういうものなのだ。  彼は興奮気味に何かを話した。それを聞いた女は彼の頭を撫でる。  さて、その女は私の傍らに緑の剣と朱の盾を添えた。これは要するに、私に武器を扱う許可を与えたのだ。  剣のほうは先端が尖っており、ところどころに節があった。柄と刃が一体となった形状で、ただの棒きれにも見えた。とはいえ充分な長さがある。  朱色の盾は平たい円形で、中心は色がやや淡い。外縁部と材質が異なるのだろうか。中心部のほうが脆いのか。それとも外縁部のほうが欠けやすいのか。使ってみないことには判断できかねた。  幼子は私の武器を目にすると、みるみる戦意を喪失したようだ。眉尻を下げ、口を歪に曲げている。女に何か諭され、ふるふると首を横に振った。  幼子には未知なる力がある。そう思ったが、緑の剣と朱の盾の前では形無しだったのだ。  私は安堵の息を吐いた。現時点では子と女どちらが敵か味方か、どちらとも言えなかったからだ。少なくとも子供が脅威になることは避けられた。  しかし次の瞬間、背筋が凍った。女が私の剣と盾を粉々に砕いたのだ。彼女が操る長い柄と鋭い刃の武器は薙刀のように見えた。私には脆弱な武器を与え油断させたところに、自身は岩をも砕く薙刀で戦意ごと叩き斬ったのだ。彼女は私を裏切ったのではない、初めから与してなどいなかったのだ。これは幼子を鼓舞するための女の策略であろう。彼女は幼子と繋がっている。そう見做すべきだろう。  案の定、拒絶反応を示し今にも撤退しようとしていた幼子も、渋々といった様子で私の武器を凝視した。  私はこの玉座で見せ物にされるのだ。徐々に戦意を取り戻しつつある相手にどう立ち向かうべきか。折れた剣を突き出すか、欠片となった盾で我が身を庇うか。  しかし一縷の望みすら遠ざかったと悟った。  彼は、初めて彼自身の武器を手に取ったのだ──銀のトリアイナを。
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