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駐輪場に自転車を停め、店内に入ると、二階へと上がった。
下階にあるミラクルバーガーを見下ろせる位置まで来てから、私はあることに気がついた。
いきなりヒデオが私の代わりを名乗って現れたら、店長たちが不審がるに違いない。
私は店に電話をして、急用で欠勤する旨と、ヒデオという男性が助っ人で向かうという旨を伝えた。
店長はやや困ったような声色だったけれど、私は申し訳なさがこみ上げる前に通話を切った。
彼との待ち合わせは19時。18:45にヒデオの出勤完了を確認してから映画館フロアに行くことにしようと思い、勤務時間開始まで待ち続けることにした。
そして18:38、彼は遂に姿を現した。スタッフルームに入って見えなくなり、着替えてタイムカードを押すまでの大体の時間を予測しながら待っていると、それを上回る早さで店先に制服姿のヒデオが出てきた。
夕食時で混雑する中、彼はいきなりお手本のような笑顔と立ち振る舞いで、客からの注文と会計、商品受け渡しをテキパキとこなし始めた。その即戦力ぶりに、彼がいれば私はもう要らないんじゃないかとさえ思った。
安心して私は映画館のある最上階へ向かおうとしたが、カバンの中でもスマホが震える音がして、急いで通知を確認した。
「ごめん。今日はやっぱり行けそうにない」
彼からのメッセージだった。私は人材レンタルを利用してまで予定を合わせたのに、ドタキャンされて腹が立った。
私は彼に直接文句を言ってやろうと電話をかけたが、思いの外、彼はすぐに電話に出てくれた。
「ちょっと翔くん、今のメールどういうこと?」
「ごめん。実は先週の練習試合で先輩たちの足引っ張って惨敗しちゃって。最近彼女ができて浮かれてるからだって怒られて、監督からはレギュラーから外されたんだ」
中学生の時からサッカー一筋で、2年で唯一スタメンの座を勝ち取っていた彼にとって、きっとそれは大きな屈辱だったのだろう。
本来なら慰めの言葉をかけるべきだということはわかっていた。
それでも、今の私にはそうすることができなかった。
「だから何? 試合に出ることがそんなに大事? 負けたのだって練習試合なんでしょ? みんなの青春を棒に振ったわけでもない。彼女のせいだなんてモテない部員の妬みに決まってるじゃん。何鵜呑みにしてるの?」
一度溢れ出すと、言葉の波は中々止まらなかった。全て吐き出してから、私は案の定後悔した。
「……ごめん、言い過ぎちゃった。傷つけてごめんなさい」
謝ってもきっともう遅い。
「明菜ちゃん、謝るのはこっちのほうだよ。ごめん……俺さ、しばらくサッカーに専念するわ。短い間だったけどありがとう。それじゃあ」
通話はプツリと切れてしまった。肩の力が抜けて、ぽろぽろと涙が溢れ落ちた。
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