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窓から見える杉林が風に揺れる度に世界を薄っすらと黄色く染めた。微かに感じる硫黄の臭いが風に乗って部屋に入ってくると,嘉晃は突然力強く窓を閉めた。
「まぁ,ここでは櫻子の話はなしだからな。なんでお前がこの場所を選んだのかはわからないが,せっかくの卒業旅行だし,楽しくやりたいから」
「ああ……嘉晃。でも,お前がこの話を……櫻子の話を始めたんだからな……」
外の杉林に視線を落としたまま落ち着かない様子の嘉晃を見ながら,武志は自分の荷物を持って部屋へと向かった。
「なぁ,嘉晃。車に積んである食材とか下ろすから手伝えよ」
部屋のドアを開ける嘉晃に声を掛けたが,返事はなくゆっくりと閉まるドアの音が廊下に響いた。
「嘉晃,十五分後な。ロビーで待ってるから」
廊下の窓が風に揺られガタガタと音を立て,窓ガラスが振動しながら大きくしなる杉の木がバキバキと枝を折るような不気味な音を立てた。
「それにしても,すごい音だな……これは花粉症には辛そうな風だな……。それにしても薬が効かないとか,杉林のなかの外出は控えたほうがよさそうだ……」
武志が荷物を部屋に置きに入ると同時に,隣の部屋の嘉晃の唸り声が微かに聞こえた。一瞬,どこから聞こえてくるのかわからなかったが,きっとテーブルの脚にでも小指をぶつけて痛がっているのであろうと気にもとめず,荷物を適当に下ろしてから部屋のカーテンを大きく開けた。
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