奪われた花嫁

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漆黒の髪と瞳。整った顔立ち。 体にぴったりと合った濃紺のダブルスーツは(こな)れていて、野暮ったさの欠片もない。 わたしが言葉を失っていると、彼は少し頭を下げて鴨居の下をくぐり、部屋の中に入ってきた。 「だ、誰だ……」 「寿々那」 荒尾を無視したバリトンボイスがわたしを呼ぶ。 息をすることすら忘れて、両目を大きく見開いたまま彼を見つめるわたしの前まで、彼はその長い脚を優雅に動かし颯爽と辿り着いた。 「ちょっ…、失礼じゃないか、ここは花嫁の支度部屋、」 堂々たる風格の乱入者に気圧されたように固まっていた荒尾が、彼を止めようとする。けれど、まるで荒尾など存在しないかのように無視し、彼はわたしに向かって手を差し出した。 「寿々那―――約束通りおまえを奪いに来た」 吸い寄せられるように手を重ねたわたしを、彼はそのままひょいと抱え上げた。 「これは俺の花嫁だ。異義があるやつはここへ来い」 胸もとから一枚の小さな紙を出した彼が、それを荒尾に向かってすっと投げた。そしてすぐさま(きびす)を返すと、わたしを抱えたままもと来た方へ。そして廊下に立ち尽くしている母に向かって、不敵な笑みを浮かべ言った。 「森乃やの今後については、また近々お話させていただきますよ―――お義母さん」 彼はそれだけ言い残し、【森乃や】からわたしを奪い去ったのだった。
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