奪われた花嫁

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(覚悟を決めたから戻ってきたんでしょう、寿々那(すずな)……) どうせいつかはここ【森乃(もりの)や】に戻らねばならないと分かっていた。それが予想より少し早かっただけ。 そう自分に言い聞かせてみるものの、わたしの手の震えは一向に収まらない。 一人きりの部屋でそれを誰に見咎められるわけじゃないのに、わたしは両手をそっと袖の中にしまい込んだ。 「寿々那。―――入りますよ」 襖の向こうからした声に「はい」と小さく返すと、すうっと襖が引かれよく知った顔が。 「おか、……あ、さん」 長年染み付いた癖で『女将』と呼びかけたけれど、ギリギリのところで修正できた。 『公私の区別はきちんとつけなさい』と厳しく叩き込まれてきたおかげで、この部屋にいるとどうしても『女将』と言いたくなるのだ。 だけど今の自分が仲居姿ではないのと同じく、母も色無地の女将姿ではない。花嫁の母親らしく(すそ)に吉祥柄の入った黒留袖を着付けている。 うっかり言い間違えなかったことにこっそり安堵していると、母が「まぁ…!」と感嘆の声を上げた。 「良く似合っていますよ、寿々那。きれいな花嫁さんだわ」 そう言って瞳をゆるめた母に、自分はなんと返すべきなのか一瞬ためらった時。 「ほら、荒尾さんもご覧になって?遠慮せずに」 母は廊下の奥―――わたしには襖で見えない所に向かってそう言った。
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