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「ご歓談中、失礼いたします」
襖の向こうから声を掛けられた。声から、仲居の中でも若手の原田さんだとすぐに分かる。
母が「どうしました」と返事をすると、「女将にご来客です」と返ってきた。
「おかしいわね……今日はご予約のお客様もいらっしゃらないし、他のお約束も入れていないはずですが」
確かに、森乃やは今日の婚礼の為に休業になっている。
だから今、この店にはわたしと荒尾さんの身内、そして披露宴の支度に携わっている従業員たちしかいない。
「それが……どうしても、とおっしゃいまして」
「一見の方なら丁寧にお詫びして帰ってもらってちょうだい」
「それが、一見様ではいらっしゃらないようでして……」
「入江さんはどうしたの?」
母はベテランの仲居頭に招かれざる客をあしらわせようと考えたのだろう。
けれどあいにく、若手仲居は困った顔をしながら仲居頭の不在を告げた。
「入江さんは、ひと足早く神社の方に先に行っていらして……」
「……そうだったわね」
要領を得ない原田さんに母は大きな溜め息をつくと、「いいわ。わたしからご説明しましょう」と言った。そして「少し外しますね」と言って、部屋を出て行ってしまった。
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