奪われた花嫁

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部屋に残されたわたしたちの間に、沈黙が降りる。 (どうしてよりもよってこの人と……) わたしはこの荒尾が昔から苦手だった。 彼は十年ほど前、【森乃や】に事務方として中途入社してきた。 その頃からわたしも森乃やの仕事を手伝いはじめたので、彼のことを全然知らないわけじゃない。 だけど、当時三十手前の荒尾と十六、七のわたし。仕事の話以外でする会話なんてあろうはずもなく、最低限の挨拶と業務に関するやり取りだけしかした記憶はない。それなのに、同じ空間にいると、何かもの言いたげな目でじっと見られ、不思議に思って訊ねようとするとあからさまにかわされる。 ずっとそんなふうなので、わたしはなんとなく彼に苦手意識を持ち続けているのだ。 いずれ婿養子を貰って、この店を継がなければならないことは言われなくても分かっていた。 だけどその相手には、『地元の名士の次男』か『一流のホテルで修業を積んだ料理人』、もしくは『新進気鋭の若手経営者』が良いのではないかと、両親が話をしていたのを聞いていたから、まさか森乃やの従業員――しかも荒尾と、とは夢にも思わなかった。 いずれにしても、親が連れてきた見合い相手と結婚し、その人とこの店に縛られて残りの人生を終える。 そのことが分かっていたから、わたしは三年前に実家(ここ)を飛び出したのだ。
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