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肝心の荒尾は、というと。
『荒尾さんはしばらく休暇中です』
母の言葉に思わず驚きの声を上げると、父が『彼には勤労十年の慰労休暇を出したんだ』と言った。
もしかしたら父と母が荒尾に、ほとぼりが冷めるまで休養を取ってと頼んだのかもしれない。
花嫁に逃げられたのだ、彼は。きっとここに居づらいだろうし、居ても辛い気持ちになるだけ。そうしたのは他ならぬ自分なのだ。
いくら苦手な相手だからとはいえ、さすがに申し訳なくなってくる。
それに、経営が傾いているこの大変な時に事務長が長期不在なんて、社長の父にも女将の母にも負担が大きくかかるだろう。きっと従業員のみんなにだって……。
『本当にごめんなさい……』
父と母にはどれほどの迷惑と心労をかけたのかとうなだれると、母は『悪いと思うのなら、これからは香月さんの嫁としてしっかり努めなさい』とわたしを叱咤激励し、父は『ふつつかな娘ですが、くれぐれもよろしくお願いします』と祥さんに頭を下げた。
そうしてわたしは森乃やを後にし、こうして東京の彼の家にやって来たのだ。
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