戸惑いの蜜月

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*** 「すず…すずなっ……」 すぐそばから呼ぶ声。耳に馴染んだばかりの低音が、珍しく焦っている気がする。 くらくらと揺れが収まるのを待っているうちに、体が温かいものに包まれていることに気が付いた。 まぶたをゆっくりと持ち上げると、すぐ目の前にある漆黒の瞳があった、そこには焦りの色が浮かんでいる。 「…しょう、さん………」 「痛いところや悪いところはないか?」 そう訊ねられて反射的に考える。特に痛いところや具合の悪いところもなく、首を左右に振ると、彼はほっと眉を下げた。 「急に倒れるからびっくりしたぞ」 「あ、……」 わたしは彼に言われてやっと目を開ける前の出来事を思い出した。 立ち上がった瞬間、めまいがしてそのまま―――。 「わたし……あのまま倒れて……」 「ギリギリで間に合って本当に良かった。倒れた拍子に鉢植えで頭をぶつけでもしたら、大変なことになるところだった」 「すみま、せん……」 いつもより数段低い声で叱られて、わたしは身を小さくして謝った。そうしてやっと、今の自分が彼の膝の上で抱き締められていることに気付く。 早くここから降りないと。そう思った瞬間、あることに思い当たった。 「あれっ……祥さん、なんでここに居るんですか!?」 「なんでって……、ここは俺の家なのだが」 「いや、そうですけど、そうじゃなくてっ……!香港出張中でしたよね!?お帰りは明日の夜だって、」 「ああ。ちゃんと説明はするが、その前に―――」 祥さんはそこで言葉を切ると、何の前触れもなくわたしを横抱きにして抱え上げた。 「ぅわっ、」 「家の中に戻るぞ」 彼はそう言うと、長い脚を悠然と動かし出口へと向かった。 間近に見る男らしく整った横顔に、鼓動が自然と加速していく。 そうして温室を出た途端、髪を揺らしてうなじを通り抜けた夕風に、自分の顔が火照っていることを知った。
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