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「すず…すずなっ……」
すぐそばから呼ぶ声。耳に馴染んだばかりの低音が、珍しく焦っている気がする。
くらくらと揺れが収まるのを待っているうちに、体が温かいものに包まれていることに気が付いた。
まぶたをゆっくりと持ち上げると、すぐ目の前にある漆黒の瞳があった、そこには焦りの色が浮かんでいる。
「…しょう、さん………」
「痛いところや悪いところはないか?」
そう訊ねられて反射的に考える。特に痛いところや具合の悪いところもなく、首を左右に振ると、彼はほっと眉を下げた。
「急に倒れるからびっくりしたぞ」
「あ、……」
わたしは彼に言われてやっと目を開ける前の出来事を思い出した。
立ち上がった瞬間、めまいがしてそのまま―――。
「わたし……あのまま倒れて……」
「ギリギリで間に合って本当に良かった。倒れた拍子に鉢植えで頭をぶつけでもしたら、大変なことになるところだった」
「すみま、せん……」
いつもより数段低い声で叱られて、わたしは身を小さくして謝った。そうしてやっと、今の自分が彼の膝の上で抱き締められていることに気付く。
早くここから降りないと。そう思った瞬間、あることに思い当たった。
「あれっ……祥さん、なんでここに居るんですか!?」
「なんでって……、ここは俺の家なのだが」
「いや、そうですけど、そうじゃなくてっ……!香港出張中でしたよね!?お帰りは明日の夜だって、」
「ああ。ちゃんと説明はするが、その前に―――」
祥さんはそこで言葉を切ると、何の前触れもなくわたしを横抱きにして抱え上げた。
「ぅわっ、」
「家の中に戻るぞ」
彼はそう言うと、長い脚を悠然と動かし出口へと向かった。
間近に見る男らしく整った横顔に、鼓動が自然と加速していく。
そうして温室を出た途端、髪を揺らしてうなじを通り抜けた夕風に、自分の顔が火照っていることを知った。
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