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「水分だけじゃなくて糖分も足りてなさそうだな。まったく……」
しばらくしてやっとわたしの口を解放した彼は、わたしの濡れた下唇を親指で拭いながらそう言った。
「これも腹に入れておけ」
そう言って口に何かを押し付けられた。
長いくちづけが終わったばかりでぼんやりしていたわたしは、何も考えずに唇を開く。すると舌の上に何かがコロンと転がり込み、みるみる蕩けだした。
「……チョコレートだ……おいしい」
思わず呟くと、彼の眉間がふわりとゆるんだ。
「慣れない場所にほったらかしにしていて悪かった」
「え、いや……あの、……別に祥さんのせいじゃ……」
突然頭を下げた祥さんに、わたしは自分でもびっくりするほど狼狽える。
「いや。知らない土地で暮らし始めたばかりなのに、夫が仕事で家を空けてばかりだったら心細く思うのも当然だろう。そのせいで食欲が落ちて、結果として貧血や暑気当たりを起こしたのかもしれない。俺の配慮が足りず、すまなかったな」
「………」
この二週間毎日一緒に食事をしていたわけではないのに、わたしの食欲があまりないことに気付かれていたことにも驚いた。
夕食は帰宅の遅い彼とは別々なのだ。たまに一緒に食べることがあっても、『夜遅いから』と軽く済ませていた。
ロンドンで出会ってから一緒に過ごした時間は決して多くはない。
それなのに、わたしの顔色や食欲に気が付くなんて。
そういうところだ、彼がすごいのは。
短い時間でも相手のことをよく見ている。だから色々なことに気が付くし、気も回る。
時間じゃないのだ。
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