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「光輝くん、笑うなんてひどい」 「いやだってさ」  いつまでも笑っている光輝に柚月が唇をとがらせると、雪菜がやれやれと苦笑する。 「光輝、もう笑わないであげて。まあでも、柚月も笑われたくないなら、せめてどっちかは克服したら?」 「両方克服しろ」  雪菜は優しいのに壱月はスパルタだ。そして光輝は笑い上戸。雪菜に諌められて黙ったが、口元がニマニマしたままである。 「だから両方とも無理なの。人参はこの世の食べ物じゃないし、トンボもこの世の生きものじゃないもん。なんであんな飛ぶ凶器が野放しになってるのか意味わかんない」 「飛ぶ凶器って、野放しって、……ちょっ。これ以上、笑わさないでくれ頼む」  光輝がまたもや吹き出した。 「私、真面目にいってるんだけど」 「いや、よけいにおもしろいからそれっ、あーもうやめて腹いてえ」  こうなると止まらないのが光輝だ。おさまるまで放っておくしかない。もう、と柚月はむくれ、雪菜はくすりと笑いながら食後のお茶を飲み、壱月は飲み終えたコーヒーのパックを数メートル先にあるゴミ箱に投げ入れた。  ナイスシュー、さすがバスケ部、と教室のどこからか男子の声。きゃ、上手!と周りの女の子たちが頬を染める。どうやら壱月の行動がカッコよかったらしい。  そう、壱月はモテるのだ。けど柚月はモテたことがない。二卵性のためそっくりではないが、顔の作りは似通っている。つまり柚月も整っているほうなのだ。決して不細工ではないと思っている。事実、幼い頃から可愛いといわれることは多々あった。けど少しもモテない。  どうしたら彼氏ができるのか雪菜に相談したのは去年のクリスマス前。けど、あー、まーね、あー、うーん。という答えになってない返事しかもらえなかった。 「いやー、笑った笑った。マジでほんとおもしろいな、おまえの双子」  ようやく笑いが収まった光輝に視線を向けられた壱月はため息をついた。 「おもしろくねえよ。どんだけ俺が大変か。人参はまだいいとしても、トンボはマジで困ってんだよ。今年の夏休みはなんとかしねえと」 「なんで夏休み?なんで壱月が困るわけ?」 「普段は朝練で6時には家を出るからいねーけど、夏休みは遅い時間だからいるんだよ、庭にトンボが。そうなるとこいつ、家から一歩も出ない。先に行こうものならマジ泣きされる」 「うわあマジで?あ、だから去年の夏休み、おまえら毎日部活ギリだったのか。雪菜、おまえ知ってた?」 「うん。中学のときからそうだよ。いつも壱月くんが柚月を引っ張って駅までダッシュ。地元じゃ有名だったよね」  雪菜が笑い、壱月は笑えねーと目をすがめたのち、弁当箱に入っている人参をじいいと見つめている妹を見下ろした。やはり食べることができないのだろう。壱月は口元を上げた。 「柚、取り引きしようか」 「え?」 「人参は食ってやるから、今年の夏休みはトンボに立ち向かえ」 「無理」 「ふうん。ということは人参のほうを頑張るんだな?まあいいよそれでも」  柚月の右手を掴んだ壱月は、握られていたフォークでぐさりと人参を突き刺して持ち上げた。 「ほら食え」 「……無理。いっちゃん、ほんとこれは無理」  目の前に掲げられた人参に柚月は頬をひきつらせた。甘く味付けされてることはわかる。けど無理だ。絶対に無理だ。だいたい、なんでこの大きさ?好きな人でも、でか!とのけぞるかもしれないその厚みは3センチ。しかも二個。なんの陰謀か。もちろん壱月の陰謀である。  壱月はにっこり笑った。 「ならトンボのほうを頑張れるよな?」 「うう」 「とにかく玄関から出ろ。なんだったら目をつぶっててもいい。あとは俺がどうにかしてやる」 「……ほんと?人参も食べてくれる?」 「柚が頑張るならな」 「じゃあ、じゃあ頑張るっ」 「裏切るなよ?」  柚月からフォークを取り上げた壱月はあっというまに二つの人参を食べてしまう。それを尊敬の目で見つめる柚月。 「これ騙されてんじゃね?あの人参、どーみても弁当に入れる大きさじゃないよな」  ぼそりとつぶやく光輝に雪菜は苦笑する。それは雪菜も思っていたからだ。壱月は最初からこの展開にするつもりだったのかもしれない。たしかに今年は遅刻している場合ではないだろう。  壱月と光輝、そして柚月が所属するバスケ部は全国常連の強豪校として知られているが、全国優勝はいまだない。だが今年のチームは過去最強。頂点を取れるのではと、もっぱらの評判らしい。そのとき、からりと教室のドアが開いた。 「悪い、ここに仁科(にしな)いる?」  低い声が響き、その人が視線をめぐらせるように廊下から顔をのぞかせた。瞬間、教室がわずかにどよめいた。主に女子が。 「嘘っ、あれって信条(しんじょう)先輩だよねっ」
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