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「うわ、カッコいい!背高い!」 「なにあれ美形すぎない?」 「こんな近くで見たの初めてっ」  きゃーと黄色い声が渦巻き、廊下のその人は困ったように苦笑する。それがまたカッコよく、ふたたびの悲鳴。その人に呼ばれた仁科の一人はその騒ぎに目を丸くし、一人はやれやれと立ち上がった。 「先輩、無自覚に現れるのやめてもらえません?ところで仁科は二人いるんだけど、どっち?俺?それとも?」  壱月が首をかしげてみれば廊下のその人、信条(しんじょう)蒼真(そうま)はやんわりと目を細めて一人を指差す。  やっぱりねとばかりに壱月は小さく笑うと、横にいる片割れの頭をぽんと叩いた。 「ほらおまえだって。ご指名だ、柚」 「え、私?」  呼ばれたのは壱月だとばかり思っていた柚月は目をぱちくりとさせた。壱月はバスケ部で次の部長候補といわれているため、現部長の蒼真がなにかしらの用事で会いにきたと思っていたのだ。 「おいで、柚月」  低く優しい声に名を呼ばれ、柚月は思わず頬を赤くした。だって教室中の視線が全部こっちに向いている。なぜだ。いや、それはわかっている。  この学校で彼を知らない人間はいない。いや、他校でも彼は有名だ。そんな彼が関係のない二年の教室に現れたら注目されないわけがない。 「よ、ん、で、る、よ?」  と、なぜかニヤニヤしている光輝にいわれ、わかってるよっと柚月は立ち上がると、急いで廊下へ出た。 「お、お待たせしました。なんでしょうっ?」 「はは。お待たせされました」  おかしげに、そして優しく笑う蒼真はやはりいつ見てもカッコいい。いや、カッコいいという表現だけでは物足りない。  見上げるほどの長身に加え、徹底的に鍛えられた体躯。涼やかでいながらも、どこか野性味を感じさせるダークブラウンの瞳。高い鼻に色気のある口元。ワックスで無造作にセットされたブラウンの髪さえも、信条蒼真という男を極上に彩っている。 「ほら、これ」  柚月の頭にぽんとなにかが乗った。慌ててそれに手を伸ばすと、それはクリップで止められた数枚の用紙。 「それ、ゴールデンウィークにやるバスケ部の合宿の詳細。いま監督から貰ってきた。部員のやつらには今日のミーティングで配るんだけど、柚月は先に目を通しておいて。マネージャーとしての意見も訊きたいから」 「わかりました。あのでも、私もミーティングの時で大丈夫でしたよ?先輩のお昼休み、なくなっちゃいましたよね……?」  まもなく昼休みも終わる。おそらく一階の職員室にいるだろうバスケ部の顧問にも時間を取られたはずだ。お昼ご飯もゆっくり食べられなかったのではないか。柚月の心配に蒼真が笑った。 「気にしなくていい。柚月は急に意見を求められると固まる性質(たち)だろ。だから準備の時間をやりたかったんだ」  きめ細やかな心配りとストレートな物言いに柚月は内心どぎまぎしてしまう。そして恨めしくもなる。完璧な見かけだけでなく中身も完璧。きっとこんな調子でたくさんの女の子を夢中にさせているに違いない。ちょっとチープだが、罪な男という代名詞をつけてやりたくなる。 「それからついでにこれ」 「なんですかこれ」  出されたのは小さな紙袋。それを受け取りながら首をかしげると、蒼真は体を屈めて柚月に近寄った。ふわりと香るシトラス。それは蒼真の匂い。男のーー。柚月はどきりとして固まった。  
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