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とあるアイドルグループに所属する一人の少女が、今日限りでアイドルを卒業する。
満員のコンサート会場。客席では、彼女のイメージカラーである黄色のサイリウムが輝き、波のようにうねっている。そこかしこから聴こえてくるファンの嗚咽や、名前を叫ぶ声が、彼女の人気を物語っていた。
そんな興奮の坩堝の中で、俺だけが冷静だった。
思えば、俺はずっと彼女のことを見てきた。このグループがまだ無名だった頃から応援していたし、売れっ子になった彼女が出演するテレビ番組も必ずチェックして録画した。今俺の周りで泣いている奴らなんかよりもずっと、彼女に対する想いは大きかった。こんなことは言いたくないが、彼女にかけた金額も、この会場中で俺が一番だと、確信を持って言えた。
俺はずっと彼女を見てきた。他の誰よりも、ずっと長い間、彼女を見続けてきた。
一曲、また一曲とコンサートは進んで行き、終わりが近づく。ラストはもちろん、彼女がセンターを務める楽曲だ。他のメンバーが感極まって泣き出す中、センターに立った彼女は笑顔のまま、最後のMCを行う。アイドルとして活動してきたこれまでを振り返り、メンバーとファンに感謝の言葉を告げた彼女は、手にしたマイクに向かって叫ぶ。
「そして、私がアイドルになる事を反対していたお父さん! そんなお父さんが、今日初めて私たちのライブを見にきてくれました! お父さん! 今までありがとう! 心配かけてごめんねー!」
沸き立つ会場。満面の笑顔で手を振る最愛の娘に向かって、俺は関係者席から軽く手を上げ、それに応えた。
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