my dear honey.

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my dear honey.

神父様、聞いてください。 今から話すのはおいらのハニィの話です。 おいらには父さんと母さんがいません。物心付いた時から孤児院で育てられました。 先生たちはおっかなかった。おいらが悪いことをしてもしなくてもお仕置きするんです。多分余計にぶたれてたと思います。 おいらを怒る時、先生たちはきまっていうんです。グズ、ノロマ、知恵足らず……それが自分の名前だと思ってました。みんなおいらをグズとかノロマとかしか呼ばないから。他の子より体がおっきいから目障りだったのかも。 おいらはずんぐりむっくりのでくのぼうだから、痛みなんか感じないって思ったのかな。 先生たちがそんなだから、みんなまねしておいらをいじめました。ぼかすか袋叩きです。 でもね、ある日プチンと切れちゃったんです。 孤児院をめちゃくちゃにして逃げ出しました。先生やいじめっ子のあばらも折ってやりました。背骨でもよかったけど、可哀想なんでやめました。 孤児院を出た後、どこへ行こうか迷いました。正直どこへ行こうとあそこよりマシな気がします。 できれば先生たちが追いかけてこない遠くへ逃げたい、誰もおいらを知らない場所でやり直したい。 おいらをグズとかノロマとか知恵足らずとか、そんな名前で呼ばない素敵な場所です。 世界は広いから、さがせばきっとあるはず。 おいらに優しくしてくれる人もきっといるはずだって、その時は信じてました。 行き先に悩んでた時、ジプシーの婆さんに会いました。婆さんは占い師をしてて、おいらがパンの切れ端をあげたから、その見返りに占いを恵んでくれたんです。 婆さんは「アンデッドエンドに行け」って言いました。「お前さんのように図体と力が強い男なら、アンデッドエンドに行けばたくさん稼げる」と太鼓判を押してくれたんです。嬉しかった。人に褒められること、あんまりなかったんです。 おいらみたいにグズでノロマな知恵足らずでも、アンデッドエンドでなら幸せになるって信じました。 そうと決まれば善は急げです。おいらは砂漠の真ん中の道をひたすら歩き抜き、荷馬車をヒッチハイクし、何か月もかかってアンデッドエンドにやってきました。 アンデッドエンドには色んな人がいた。でっかい建物もたくさんあった。孤児院があった田舎町とは全然違って、なんだかキラキラして見えました。 おいら、勘違いしてたんです。賞金稼ぎになるのは簡単じゃなかった。おいらが知らない細かい決まりがたくさんあったんです。まず試験に受かって免許をとらなきゃだめ。だけどおいら馬鹿だから、たくさん勉強してもちっともわからないんです。数を足し引きする時は指を使うから、二桁三桁になるとお手上げです。かけ算は三の段で止まってます。 孤児院の先生はよく言ってました。おいらがものすごい馬鹿だから、父さんと母さんは恥ずかしがっておいらを捨てたんだって。 そうかもしれません。おいらはおいらが馬鹿だって知ってます、恥ずかしいです。ポンコツの頭は叩いても直りません。 さて困りました、試験に受からなきゃ免許はとれません。ちゃんとした賞金稼ぎだって認めてもらえないんです。 どうしたかって?……抜け道を使いました。おいら、どうしても賞金稼ぎになりたかったから整形したんです。 神父様は知ってますか?賞金稼ぎの免許って裏で取引されてるんです。怪我や体の衰えやその他の理由で引退する人が、まれに譲ってくれることがあるんです。 連続で試験に落ちてがっかりしてたら、会場に居合わせた男が声をかけてきました。 「何年か前に気まぐれでとった免許、売ってやろうか?」 男は言ってました、保安局の審査はザルだからきっと通るだろうって。 まだ保安局に稼ぎ名も登録してないから、おいらが好きに名前を決めたらいいって。 その人に紹介された闇医者で顔を変えてもらいました。お金は働いて返しました。夜のお店の用心棒や地下プロレスのやられ役です。おいらはガタイがよくてタフだから、みんな頼りにしてくれました。女の子をいじめるヤツを摘まみだすだけでお金がもらえて、お酒もおごってもらえるラッキーな仕事でした。 稼ぎ名は決めてました。ゴッドタン・ベアーです。 おいら、利き酒が得意なんです。だもんで、用心棒してた店の女の子に「すごいわ、ゴッドタン(神の舌)ね!」ってほめられたんです。ちやほやされるのは気持ちよかった。ベアーはクマです。「毛むくじゃらでクマさんみたいね」って、女の子が頬髯をなげてくれたんです。おいら、彼女にめろめろでした。膝に抱っこして一晩中お喋りしました。 賞金稼ぎは向いていました。おいらは力持ちで喧嘩が強いんです。孤児院じゃいじめられっ子だったけど、賞金稼ぎになってからはもっぱら殴る側です。ちょっと小突いただけでみんな面白いように吹っ飛んでった。もうあばらを折っても気にしません、背骨だって粉砕できます。 おいらは怖いもの知らずのゴッドタンベアーだから、稼ぎ名にふさわしい振る舞いをしなくちゃいけません。 じゃないとなめられます、ばかにされます、いじめられっ子に逆戻りです。 泥棒、詐欺師、人殺し。 毎日いっぱい悪いヤツを捕まえた。するとじゃんじゃんお金が入った。みんながおいらをほめてくれる、どこへ行ってもちやほやしてくれる……。 そんな時です、あの子が赤ん坊をおいてったのは。 あの子……おいらがめろめろだったお店の子です。 しばらく見ないと思ったら、ある日突然押しかけてきたんです。かわいい赤ん坊をだっこしてました。 「あんたの子よ。実は産んでたの。代わりにお願いね」 何を言われたかわかりませんでした。 おいらの子?もちろん知ってます、男と女が一緒に寝たら子どもができるのは。でもおいら、ぶっちゃけ心当たりありません。酔っ払ってて覚えてないんです。 だけどおいらの子って言われたら、そうかもなって思えてきたんです。 朝起きたら二人とも丸裸で寝てたことがあったから、その時にできたのかもしれないぞって思いました。 俺がまごまごしてる間に彼女は帰っちゃいました。追いかけようとしてやめました、赤ん坊が泣きだしたんです。おしめが濡れてました。 彼女の行き先は知りません。後で店を辞めたって聞きました。大変だったのはそれからです。 おいら、がんばって赤ん坊を育てました。赤ん坊はなんでか知らないけどすぐ泣くんです。泣いてない時は寝ています。お腹すいたもおしめかえても全部泣いて伝えるんです。 近所の人たちに手伝ってもらって、どうにかこうにか暮らしていました。仕事に出る時はお隣に子守を頼みました。子守の都合が付かない時はおんぶして行きました。 赤ん坊をおんぶしながら悪党ども殴り倒すうちに子連れベアーなんてあだ名で呼ばれるようになって、しまいには泣けばいいのか笑えばいいのかわからなくなりました。 だけどおいら……赤ん坊のこと、すぐ好きになりました。 やっぱり親子だからかな、初恋のあの子にそっくりだったんです。将来は美人さんになるぞと思いました。 でもきっとブサイクでも好きになってたと思います、ひとりぼっちのおいらに初めてできた家族だから。 赤ん坊の手ってね、小さいんです。おいらの小指で足りちまうくらい。コイツはおいらが守ってやんなきゃ、って……夜泣きがうるさい時はベランダで歌ってやりました。 オーマイハニィ、オーマイテディ、オーマイダディ……。 おいらが作ったでたらめな子守歌です。続き?ありません。あんまり長いと覚えられないからフレーズはこれだけ、ずっとこの繰り返しです。 赤ん坊の名前は聞きそびれました。まだ付けてなかったのかも。だからハニィって名付けました。おいらのハニィは本当に可愛くて、元気に育ってくれました。 おいらとハニィは二人家族になりました。 ハニィはおいらの子どもで……だけど父親よりずっとしっかりしてて、おいらの母さんみたいでした。まだ五歳やそこらのうちから、おいらの代わりにうちの事をしてくれました。 今でも覚えてます、ハニィが初めて作ってくれた手料理のこと。真っ黒こげのスクランブルエッグ。五歳位の時かなあ……危ないから火を使っちゃいけないって言ってたんです。 でもおいら、怒れなかった。生まれて初めておいらの為だけに作ってもらったご飯、怒れるわけないでしょ。 「苦いから無理して食べなくていいよ」 ハニィは料理に失敗してしょんぼりしてました。それはもうかわいそうな位へこんでた。だからおいらひらめいたんです。 食卓にあったハチミツの瓶のふたを開けて、中身をどばどばスクランブルエッグにかけて、夢中でかっこんだんです。 「こうすりゃうまくなるよ」 甘いのと苦いのがかわりばんこに来て、正直吐きそうになりました。あんなへんてこな味のスクランブルエッグは初めて食いました。 おいらたち、仲良しでした。誓って本当です。嘘じゃありません。信じてください。 ……ハニィに手を上げた事、あります。おいら、酒を飲むと物忘れがひどくなるんです。酔っ払ってめちゃくちゃに暴れます。ハニィがバーに迎えに来てくれた事もあります。情けない……最低です。わかってます、でもやめられないんです。 子ども、かわいいだけじゃありません。 寝てる時は天使だけど、かんしゃくを起こしたり駄々をこねている時は、うるさくて汚い洟たれのちびにしか見えないです。あやしても歌っても泣き止まない夜は一緒にわんわん泣きました。 おいら、ハニィをおいてったあの子を恨んだ日もあります。そんな日はハニィに当たっちまいそうで、娘に手を上げるのが怖くてバーに逃げ込みました。殴り付けるよりほったらかすほうがまだマシです。 バーの隅っこで酒をかっくらってる間だけ、やなこと全部忘れられます。 売られた喧嘩は買いました。 おいらのことデカブツだとか目障りだとかほざいて、わざと椅子を蹴ってくるヤツはこてんぱんにのしてやります。グズとかノロマだとか言われたら半殺しです。 おいらを馬鹿にしたヤツを殴ったり蹴ったりしてると、胸の中がスーッとしました。 目の前が真っ赤で、頭ん中ぐちゃぐちゃで、誰かをめちゃくちゃに殴っている時だけおいらはおいらがグズでもノロマでもないって思えるんです。 なのにハニィ、必ず迎えに来るんです。 おいらが入り浸ってる店がわかってて、「そろそろ帰ろうよテディ」って、背中を突付くんです。あ、テディっていうのはハニィにだけ許したおいらの愛称です。クマにはハチミツが付き物でしょ? おいらが知らんぷりでカウンターに突っ伏してると、こうやって肩を掴んでゆさゆさ揺するんです。「ねえテディ、帰ろうよ。ちゃんとベッドで寝なきゃだめだよ、風邪ひいちゃうよ」って……おいらは寝ぼけて返事をしました。 あの頃は毎晩ハニィにひきずられて帰りました。 家に着いたらこってり絞られて、俺もハニィもわんわん泣いて、最後には一緒にベッドにもぐりました。 ろくでなしの親父と違ってハニィはいい子でした。 いい子すぎました。 ハニィは薄々自分が捨てられたと気付いてたと思います。おいらが赤ん坊のハニィを押し付けられる所、ご近所さんが見てたんです。 ハニィはすくすくおっきくなりました。おいらはますます仕事に精を出しました。 ハニィが14になった頃です、アイツが現れたのは。 絞殺魔(ストラングラー)……女の子の首を絞めて殺す変態。標的にされたのはスラムで客をとっている少女娼婦でした。最年少の被害者は12歳。場末のモーテルの部屋、ベッドの上で死んでました。首には赤い紐が巻き付いてました。 事件のひどさに比べて殆ど話題にならなかったのは、賞金首にかけられた金の額が低かったからです。アイツは身寄りのない娼婦を狙ってたんです。 ひとりぼっちの娼婦が死んでも、わざわざ懸賞金をかけようなんて物好きはいません。 他の賞金稼ぎは見向きもしなかったけど、おいらはアイツを追ってました。殺された子の中にハニィの友達がいたからです。 おいらはハニィにお願いされたんです、「絶対犯人を捕まえて」って。賞金首を追いかける理由なんてそれだけで十分だった。桁の足りない分はハニィの涙が埋め合わせた。 「誰も泣かないならあたしが泣く。絞殺魔を野放しにできない。ほっといたらもっとたくさんの女の子が不幸になる」 ハニィは強くて正しかった。 おいら、ハニィが被害者の子と誘い合わせて教会に来てたのを知ってます。二人でお祈りしてたんだって……娼婦をやめたがってたんで、色々相談に乗ってたって聞きました。 ハニィは何を願ったんだろ。母さんに会いたいって思ったのかな。殺された子は…… 絞殺魔はなかなか捕まりませんでした。 おいらは腕っぷしこそ強いけど、ネタ集めにはとんと向いてないんです。 わかったのは絞殺魔の対象年齢が12から16の間、特に14歳の女の子を好むということ。被害者たちの写真を並べたら、面影がうっすら似通ってたこと。 ある日、ハニィが真剣な顔で言いました。 「ねえテディ、あたしにおとりをやらせて。一緒に絞殺魔をふん捕まえてやるの」 おいら、反対しました。正直胸騒ぎはしてた。気付いてたんです、被害者たちの外見がちょっとだけハニィに似てるのに。14歳はビンゴでした。おいらは言いました。絶対だめだ許さない、今回の件はテディに任せとけって……。 ハニィは引き下がりません。あの子はすごい頑固なんです。一度こうと決めたらてこでも動かない。後悔してます、あの時殴ってでも止めてりゃよかったって。できませんでした。 「どうしてだめなの?私の友達が殺されたのよ、仇をとらせてよ」 必死に言い募るハニィに手を振り上げました。ハニィは瞬きしませんでした。一歩も引かずにこっちを睨み付けてました。目には涙がたまってました。 おいら……ぶてませんでした。酔って暴れた時、体を張って止めてくれたハニィを思い出したんです。おいらが店の物を壊したら代わりに謝ってくれた。おいらを背中から抱きしめて「お願いやめて」ってせがむ、ハニィを思い出したんです。 しらふに戻るなり後悔しました、なんであんなひどいことしたんだろうって……そのたんびにハニィを抱き締めて泣きじゃくりました、「ごめんよ、馬鹿なテディをぶって」って。 殴ったら殴り返されるのが当たり前です、倍返しでも文句は言えません。 おいらは酒に見さかいをなくして、まだ小さいハニィを痛め付けたんだ。 なのにハニィは。 強くて正しいおいらのハニィは、一度もおいらをぶちませんでした。おいらをそっと抱き返して、頭をなでてくれました。 「自分のこと馬鹿なんていわないで。テディはダディでしょ」 ハニィの手でよしよしされると、頭がよくなるおまじないをかけられてるみたいです。 テディはダディだからハニィを守らなきゃ。 テディはダディだからハニィを守らなきゃ。 ずっと自分にそういいきかせてきました。 ハニィはなんにもなかったおいらのたった一人の家族で、アイツがいなくなったら今度こそ本当にひとりぼっちになっちまうんです。 もっとちゃんと説得するべきだった。 どうしてそうしなかったんだ。 ハニィは言いました、上手くやるから大丈夫だって。絶対に絞殺魔をひっかけてくるから、期待してろって……。 絞殺魔が女を漁るエリアはわかってました。おいらとハニィは地図を広げて打ち合わせしました。 作戦はシンプルです。 ハニィが絞殺魔を誘き出す、二人でモーテルに入る、おいらがそこに乗り込む。身を守るスタンガンも持たせてました。送り出す時、俺の方が緊張してたと思います。ハニィは笑ってました。おいらをリラックスさせようとしたのかもしれません。 「何かあったら助けにきてねテディ」 「OK、ハニィ」 おいらは歓楽街の雑踏にまぎれてハニィを尾行しました。親バカかもしれないけど……似たような背格好の女の子たちの中で、あの子が一番綺麗でした。 そして……ハニィは絞殺魔を釣りました。 被害者の写真を突き合わせて、絞殺魔の好みにハマるメイクや服を選んだ甲斐がありました。 ハニィは自然な感じでアイツとお喋りし、やがて腕を組んで歩き出します。モーテルへ向かうんだと直感しました。ここで捕まえてればよかった。 そうしなかったのはハニィの提案です、街なかで暴れて通りすがりを巻き込むのを渋ったんです。 ハニィと絞殺魔の後ろ姿を追ってる最中、一瞬だけ目をはなしました。 ハニィの母親とよく似た女が、真ん前を横切ってったんです。知らない男と腕を組んでました。 えっ、て思いました。雑踏の中で棒立ちになって、振り返ったらもういなくなってました。 アレが本物か偽物かなんてどうでもいいんです。どのみち十四年前にハニィを捨てた女です。 聞いてください神父様、おいらはとんでもないあやまちを犯しました。あの子を見失っちまったんです。女の首を絞めて悦ぶ、くそったれ殺人鬼とふたりきりにしちまったんです。 「ハニィ?」 顔を戻して、初めて自分のやらかしに気付きました。ハニィと絞殺魔は消えてました。 おいら……それからはよく覚えてません。目の前が真っ赤になって、無我夢中で走り回りました。声を張り上げてハニィを呼びました、一軒一軒片っ端からモーテルをあたりました。でもダメです、多すぎます。とてもらちがあきません。 『何かあったら助けにきてねテディ』 別れ際のハニィの声を思い出します。頭ん中はあの子が初めて作ったスクランブルエッグみたいに真っ黒でぐちゃぐちゃで焦げ付いてます。おいらは大馬鹿野郎だ、どうしてよそ見なんかした?頼むどうか間に合ってくれ…… 神父様はこのあとどうなったか知ってますよね。さんざん書き立てられましたから。 あの子を見付けた時には全部が手遅れでした。一際安くてみすぼらしいモーテルの角部屋、しみったれたベッドの上。俺のハニィは全裸に剥かれて、野郎に首を絞められました。首を絞められたままハメられてました。今も耳にこびり付いて離れないんです、けだものじみた息遣いが。ベッドが軋む音が。ハニィは瞬きしませんでした。目を開けたまま、閉じ忘れてました。顔は赤黒く膨れ上がって、生きてる頃と別人みたいでした。 おいらのせいです。 おいらが殺したんだ。 『そろそろ帰ろうよテディ』 おいらにはハニィだけでよかったのに、なんでよそ見なんかしたんだ? 『ねえってば』 おいらが戸口で立ち往生してるのにも気付かず、絞殺魔はハニィを犯してました。ハニィの股の間にスタンガンが落ちてるのがちらりと見えました。シーツは濡れてました。失禁です。 スタンガンの電気ショックのせいか、首を絞められたせいか、おいらにはわかりませんでした。 もしスタンガンのせいなら……おいらが身を守るために持たせた道具が、ハニィを苦しめたのなら……。 何かが切れました。 目の前が真っ赤になって部屋に駆け込んで野郎をひっぺがして殴りました殴って殴って殴ってめちゃくちゃに殴りまくってブチのめした顔面を潰すだけじゃ足りないから股間をもいだ、開きっぱなしの喉から汚い悲鳴が迸って野郎は折れた歯を吐き出して命乞いした、おいらは無視して両方の拳をめりこませて頭突いてまだ足りずに締め上げた、おいらの娘や女の子たちにしたのと同じやり方で地獄に叩き込んでやった耳の奥じゃずっと子守歌が鳴ってたオーマイテディ・オーマイハニィ・オーマイダディ…… ハニィはすでに事切れてた。 瞬きしない虚ろな目で。 赤黒く充血した顔で。 くそったれた変態をめちゃくちゃにぶちのめす、おいらの背中を見てた。 ……許されたいとは思いません。 ハニィは苦しみ抜いて死んだのに、なんで俺だけ許されて、らくになることが許されるんですか。おかしいでしょそんなの。ちゃんと苦しんで罰されて地獄に落ちなきゃだめでしょ。 ハニィが死んで、殺されて、賞金稼ぎをやめました。 おいらが世間でどういわれてるか知ってます。「娘をおとりにした人でなし」「クズ野郎」「鬼畜」「子殺しベアー」……その通りです。ゴッドタン・ベアーの評判は地に堕ちました。 おいらはクズです。 人殺しです。 通りすぎざま唾を吐かれても口ごたえできません。 生きているのが辛くて酒に逃げた。早く死にたいと思った。なのに死にきれずずるずると……なんでおいらが生き延びてハニィが死んだのか、本当にわかりません。やっぱり神様なんかいねえんだ。 マイディアテディ、マイディアハニィ……おいらに頭がよくなるおまじないをしてくれる子はもういない。 教えてください神父様。 何度墓参りにきても、ハニィと会えないんです。アイツが出てきてくれないんです。 許してくれなくていい。 ただ謝りたい。 お前のこと助けてやれなくて、いっぱい苦しめてごめんって伝えたいんです。 おいらの息が酒臭いから出てこないのか? ハニィのヤツはね、酔っ払いが大嫌いだったんです。 今は酔い潰れて、アイツの墓に抱き付いて眠るのだけが生き甲斐です。 アイツの墓に突っ伏してりゃ、そのうちトントン背中を突付かれるんじゃないかって期待しちまうんです。「そろそろ帰ろうよテディ」って、また……。 ねえ神父様。 天国って、本当にあるんですか。ハニィはそこにいるんでしょうか。 今は幸せなんでしょうか。 「天国なんてありませんよ。人は死んだら行きたい所に行くんです」 え? 「我々が作り出さなければ地獄もありません」 はあ……。 「いい歌ですね」 ……ありがとうございます。娘も好きだったんです。 「Dear(ディア)の意味をご存じですか」 宝物……。 「いとしくて、懐かしくて、親愛なる。高い、高価な、大事な」 そうです。 そうでした。 あの子はおいらの……。 「死者は甦りません。あなたの娘さんが何を想って死んでいったのか、生者の身で代弁するのはおこがましいというものです。神父の立場で言うべきではないかもしれませんが、正直な所天国と地獄の存在にも懐疑的です。ですが……娘さんの勇気は尊敬に値します。他者が素通りする不条理の横で立ち止まり、否と声を上げ、能うかぎり正義をはたそうとしました。その父親ならば自分を恥じる前に子を誇りなさい」 おいらの自慢のハニィ。 得意料理はスクランブルエッグ。 「埋葬から随分経ちますが、墓碑銘(エピタフ)は彫らなくてよろしいんですか」 ……まだ間に合いますか? 「墓碑銘を捧げるタイミングに手遅れなんてありませんよ」 ……マイディアハニィ、と。 「かしこまりました、ではそのように。期日までお酒を控えてくださいね」 え? 「禁酒の誓いに背くのですか」 おいらが彫るんですか? 「彫りたくないのですか」 見てくださいこのザマを。手の震えが止まりません、ずっと痙攣してます。 「シラフで彫りなさい。娘さんは酔っ払いを軽蔑していたとうかがいました」 無茶です。できっこない。おいらは馬鹿だから絶対スペルを間違える、下手くそな字で恥をかかせる。 「読み書きなら教えます。明日もここに来なさい、ペンと紙をお貸しします」 神父様……。 「死者はけっして甦らず、したがって我々生者が悼み続ける事でしか弔えません。あなたはアルコール依存を治す。手の震えを克服する。あなたご自身の手で、愛する娘の名前を刻みなさい。それが親として全うすべき務めです」 ……はは、まんまとしてやられちまった。 「策士と呼んでください」 おいらが身を滅ぼすと娘が哀しむとか、ふざけたこと言われなくてよかったよ。ぶち殺してた。 「死人の口を借りて喋るのは好きじゃありません。仮に生者だろうと心の内を偽るのは罪深いです。私は私の知ってる事しか話せません。でも……朝の墓地であなたが冷たくなってたら、管理者としては少々寝覚めが悪いですね。後始末も大変です」 …………。 「私からのお願いです。肝臓をいじめるのはやめて、できれば長生きしてください」 考えときます。
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