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校舎の三階に上がり、窓の外に向かって貼られた、“卒業まであと1日”と一文字ずつ描かれた画用紙を剥がしていく。
眼下には、一列に並んで歩く小学生の列。先程まで、六年生の教室から体育館までの廊下を飾り付けしていた五年生らが、玄関前に集合している様が見てとれた。
――明日は、とうとう卒業式だ。
剥がした“まであと1日”の画用紙を束ね、代わりに“式”と描かれた画用紙を外側に向けて貼る。
教室入り、教壇に立つ。出席番号順に並んだ机と、後ろのロッカーが空っぽになっている様を見ると、郊外の一学年に一クラスしかないこの小学校に着任し、五年の担任となり、そのまま持ち上がった二年間が思いおこされる。
彼らは、わたしにとって、教師になってはじめて送り出す卒業生になる。
三月いっぱいまでは彼らの教師だが、教壇立ってきちんと向き合って話せるのは明日までだ。思わず目頭が熱くなる。
目を閉じ、しばし二年間共に過ごした日々の想い出に浸りながら、桃色のチョークを手にすると、黒板に桜の花を描いていく。
生徒の人数分の桜の花を描いていく。
黒板に一足早い春が広がる。そして、後ろの黒板へと移動する。
そこにはまだ、今日の時間割が書いたまま。
わたしはその字を消し、時間割の数字の後に文字を書き足していく。
1 時間後 卒業式
2 日後 うっかり登校しないように
3 ヵ月後 部活動楽しんで
4 年後 どんな高校生になるのかな
5 年後以降 それぞれの未来に向かって
6 ^^)<))) ずっとおうえんしているぞ!
何度も手を止め、書き直し、最後の欄には、
宿題 しあわせになること
階段を昇ってくる足音。
教室に入ってくる教頭。
手には花瓶と白い花。
まっすぐ教師用の机へと歩き、手にしたそれを置き、ポケットから取り出したのはわたしの顔写真が入った写真立て。
……ああ、わたしは……
わたしに向かって走ってくる車。わたしの後ろで生徒達の叫び声がして……
――神さま、仏さま、どうかお願いです。わたしの最初で最後の卒業生達の門出がおわるその時まで、
わたしをここにとどめおいてください。
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