それしか無い選択肢

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明らかに引き攣ったその笑み。 その桔平の様子に東伊がその頭をぽんぽんと叩くとあはははっと大きく口を開けて笑う。 「冗談だってば、んな引き攣った顔すんなよ」 そのまま手をするりと頬に当て、ふふっと眼を細める東伊のスッとした眼に嘘は見えない。 そして、それはこちらも。 「素直だな、お前って」 くすくすと笑う新名に、一瞬呆気に取られた桔平がぽつりと呟く。 「怒ってない…?」 「怒ってねーっつーの」 東伊と新名からのその言葉に顔が見る見る間にじっとりと歪み、頬が赤く染まっていき、ぷくっと膨らむ頬が丸みを帯びる。 そして、絞り出された声は低く地を這うかの様なそれ。 「嫌われたかと…思ったじゃん…」 新名の肩に置かれた手もぎゅうっと制服のシャツを固く掴むも、すぐに安堵からか、力が抜けたらしくへなへなと凭れ掛かった桔平に今度は慌てた二人。 「え、そんな訳ねーだろ、」 「そうだよ、いや、ちょっと拗ねてみせただけで、」 「大人気無いよ、それ…」 全く持ってその通り。 桔平の素直さに、思わずむくむくと悪戯心が生まれ、ちょっと意地悪な事を言ってしまっただけに過ぎないのだが、当の本人からしてみたらたまったものでは無い。 ただでさえ、憧れている二人。 そんな二人に拗ねられたり、むくれられたら嫌われてしまうのではと思うのは当たり前。 「ごめんな、悪い、ほんとっ」 「きっぺー、泣いてる?」 「泣いてないわっ!」 がっつり眉間に皺を寄せご機嫌斜めでござるの桔平と、それを宥めるやたらと顔が良い、デカいの高校生。 矢張り傍から見れば一体どんな関係なのか。 一つ隣りに座って一部始終を見ていた、プルプルと杖を付く老人の男ですら、 (晩飯の家族団欒のネタにもなんねーなぁ…) と、孫が喜ぶ話題であろう事も知らずに訝し気に三人を見詰めるのだった。 東伊に買って貰ったコロッケをもっもっと頬張る桔平に別れ際、一枚の紙を差し出した新名は自分のスマホを見詰める。 「いや、流石にまだ電話はしてこねーだろ」 そんな新名に突っ込む東伊だが、しっかりと新名の渡した紙に自分の電話番号を記載。 勿論そこには新名の番号もあり、 『何かあったら電話しろ』 と一言添えて。 「しっかしあのクソガキと友達になれるとかって、やっぱまだ小学生って根本が真っ白なんだろうな」 「柔軟性ってやつじゃねーの」 いまいち納得していない風に怪訝な顔をする新名に、ふっと笑う東伊もまだ熱いコロッケを齧る。 「いいよな、あれくらい素直だと見てて面白い」 「そうかもしれねーけど、でもアイツ危なっかしいからさ」 新名に言いたい事もよくわかる。 「沸点の早さがな」 ティファールか、きっぺいか、くらいの名勝負だ。 「負けん気の強さもあるから、余計に。しかもこの間の上級生とやりあってたのも下級生を苛めてたからって言う理由だったし」 「ブラジリアンキックからのマウントだったらしいぞ」 「どこで覚えてくんだか…」 「じーさんが格闘技ファンらしい」 東伊からの情報に納得しかない。 しばし自宅までの道のり、しんっと静かになった二人の空気に新名がぼそっと声を落とす。 「夏休みも、会えるかな」 「どうだろうな」 「『アイツ』に会わなくていい夏休みだとおもってたけど、きっぺーと会えないのは盲点だったわ」 「つか、油断すんなよ、新名。会わなくていいとは言うけど、補修もあるし、連絡だって来るだろうからさ」 「分かってるよ」 「きっぺーは家も近いっぽいし、会えるだろ。夏休みなんだ。お泊りさせるってのもありじゃね」 「それいいかも」 最後のコロッケを口へと放り、残った紙袋をくしゃりと潰す東伊に新名がにやりと笑う。 赤い色を落としていたアスファルトが黒く滲みだすのをぼんやりと見遣りながら、溜め息を洩らしたのはどちらだろうか。 ***** ――――あ、 (トイ君とにーな君にどっちが兄ちゃんなのか聞くの忘れた…) 家に帰り、そんな事を思い出した桔平は豆腐を切っていた手を止めると、あーあと肩を落とした。 (あの二人の事何も知らねーから…色々と教えて貰おうと思ったのに) しかし、そんな事を思い出した所で今更。 はぁ…っと溜め息を吐くと、豆腐を切るのを再開させた。 今日はわかめと豆腐の味噌汁。 祖母の得意料理の一つである『うま煮』。 大根ときゅうりの酢の物はシーチキンを入れる予定だ。 家に帰ってから、こうして夕食作りを手伝うようになったのは半年ほど前から。 祖母曰く、 『今時男子は料理位出来ないとね。共働き当たり前の時代、料理も家事も出来ない男とか家電以下、ハリガネムシみたいなもんよ』 そう笑顔で言うのだから、そうなのだろう。 祖父がミリ単位でも動かなかったのが気になるが、そこは子供ながらに突っ込んではいけないと悟ってしまった。 そんな理由もあり、お鍋を焦げないようにかき回すから始まり、米を炊く、味噌汁の出汁を取る、そして最近ではこうして野菜や豆腐を切るくらいにまで進んだ。 時々味付けもさせて貰えるようになり、夏休みの自由研究は『三食作ってみた』にしようかと本気で思って居たりもする。
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