それしか無い選択肢

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祖母の英才教育の賜物。 切った豆腐を鍋に入れ、蓋をしてひと煮立ちする前に火を止める。 (そうだ…じーちゃん達だけじゃなくて、トイ君とにーな君にも食って貰って感想貰えば立派な自由研究じゃん) ズボンのポケットから取り出す一枚の紙。 開けばそこに書いてあるのは、新名と東伊の携帯の番号と『何かあったら電話して』の文字。 一体いつ使えばいいのかと思っていたが、もしかしたらそう遠くない内に使えるかもしれない。 (何かドキドキする…) 本当に友人の様だ。 年も全然違う、共通点も無い、なのに彼等はいつも自分と話しをしてくれる。 ただもの珍しく、猫や犬のような扱いかもしれないけれど、こうして電話番号まで渡してくれるなんて嬉しさしかない。 夏休みの楽しみがもう一つ増えた。 ふひっと笑いながら貰った紙を大事に折り畳み、もう一度ポケットへと入れると鍋の火を止めた。 ***** 夏休みはあっと言う間にやってきた。 初日に一日のスケジュールを作りましょうと担任から貰った円グラフの書かれたプリントに線を引いていく。 起床から就寝まで、宿題の時間を作り、遊びの時間はその倍に設定。 当たり前だがその通りに過ごせるかと聞かれたら否、案の定三日目くらいからは6時に起床なんて書いていたのに、結局八時過ぎてからとなってしまった。 宿題だけは威圧感溢れる祖父が腕組みするリビングでやった為にテンポ良く進められたのは感謝だが、スケジュールは立ててしまえば、それだけで満足してしまうと言うあるあると見事に立証してしまう形となった。 昼からはプールやサッカー、友人達とゲームに興じる。 その途中公園を通って帰宅もしたりしたが、東伊と新名に会う事は無い。 蝉の鳴き声を聞きながら、汗を拭う。 (だよなー…) 高校生と小学生では生活の違い、日常も大きく違うだろう。 それに加え、あの二人が通っている高校は進学校の男子校。 補習もそれなりにあると聞いていた上に、友人もそれなりに多いらしい。 映画に呼び出されて行ってきたのだの、カラオケで喉を痛めただのとそんな交友関係の話も聞いた。 この夏休みもきっとその友人達と高校生らしい過ごし方をしているのかもしれない。 それがどんなものか、まだ小学生の桔平には想像もつかないが、大事にとってある番号の書かれたあの紙はまだ使用出来ていない。 (一緒に遊ぼう、とか言ったら遊んでくれんのかな…) 蝉の鳴き声が小さくなる頃、自由研究は夏祭りが終わった頃にしようかなと考える桔平はまだ明るい空を見上げた。 茹だる様な熱い夏とはよく言った物で、何もしたくない、考えるのも億劫だと感じる夏の暑さに小学生とは言えど、食欲も下がる。 「お昼はお素麵にしようか」 祖母が素麺を茹でる間に薬味を準備する桔平は麺つゆもテーブルへと。 外出先から戻った祖母も夏バテなのか、少し細くなった気がする腕で茹で上がった素麵をざるへと移すと流水でぬめりを洗い流していた。 あんなに食欲が無いと思っていたが、いざ冷たい素麵を一口食べてみれば面白い程にするすると流れ込んでくるのだから不思議だ。 「そうだ、桔平」 ずるずると素麺を運んでいく桔平が視線を遣ると、ふふっと微笑みながら祖母も小さく素麺を啜る。 「今日はカレーにしようか。イチから作ってみない?」 「カレー?」 「野菜と肉を切って、煮込んでルーを入れるだけだし。やってみるわよ」 「イチからかぁ…自信は無いけどやってみようかな」 何故なら自由研究が待っている。 三食の内、一食はカレーでもいいかもしれない。 脳内でぼんやりとしたビジョンを立てつつ、大きく頷けば、祖母も嬉しそうに笑ってみせた。 「カレーが作れれば一人暮らしになったとしても、かなり大きな武器になるしね。今から覚えてても損はないわ」 鍋で人を殴る話だっただろうか、なんて思いながら、その日の夜は悪戦苦闘しつつも、初めて作ったカレーに福神漬けが無いとテンション上がらんなぁ、なんて祖父に言われるのだった。 それでもカレーをよそっていた祖父の皿は何が乗せてあったのかと思う位綺麗に完食されていたのは言うまでもない。 『三食作ってみた』を実行すべく、祖母と相談。 驚いた風に眼を見開いていた祖母だが、ふっと眼を細め表情を和らげると献立を一緒に考えてくれた。 結果、朝食は梅と昆布のおにぎりと味噌汁。 昼食はミートパスタ、夕食はカレーに野菜サラダに決定。 子供でもこれなら何とか作れるだろうと、吟味された上での献立に祖母も満足そうな表情を見せる中、 「あ、あのさ、」 「なあに?」 材料や作り方をメモした紙をクリアファイルへと収めながら、桔平はそろりと見上げた。 「じーちゃんとばーちゃんと、あと…その、他の人にも食べさせたいんだけど、」 「他の人?」 「ほら、あの俺がたまに遊んで貰う高校生の話したじゃん」 「あぁ」 最近やたらと孫の口から出てくる男子高校生達。 そんな知り合っても間もない、その上年の離れた高校生との交流だなんて、気を付けなさいと言うべきかと迷っていたが、明るく楽しそうに彼等の話をしてくれる桔平に見守るのも役目とこっそり思っていた。 「その人達にも食べさせたいんだけど…その自由研究、だし…」 まさか、こんなに仲が良くなっていたとは。
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