気をつけるべきはどちらか

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あまり表情も声音も代わり映えのない男だと思っていたが、笑うと美人度が増す。 そんな事をこっそり思う桔平だが、すぐに訪れた沈黙にまた足をプラリと揺らした。 「俺は新名。お前は?」 「へ?」 急な自己紹介。 ぽかんと間の抜けた顔を上げ、まじまじと金髪、新名の顔を見遣ると、ふっとその表情が少しだけ和らいだように見える。 「水渡、桔平…」 「きっぺー、ふーん」 人の名前に対して何ら興味も無いような相槌に、聞いといて何だよと愚痴のひとつでも出そうになるも、わざわざ自分から先に名乗る辺り、気を遣ってくれたのかもしれない。 「で?」 「…は?」 しかし、圧倒的に言葉が足りない。 単語しか話せない訳では無いのだろうが、口を開くのも面倒なのだろうか。 あからさまに怪訝な顔を見せる桔平に、新名も眉を寄せながら首を傾げて見せる。 「だから、トイに何を聞きたいのか、って話」 「あー…」 なるほど、その話は続いていたという事なのか。 先程の自己紹介は子供と言えど、得体の知れない人間には友人を紹介出来ないと思っていたのだろう。 「聞きたい事があって、みたいな」 「聞きて―こと?」 「学校に匿名で電話があって…それで俺は危機から脱出出来た、から」 額に溜まる汗を拭い、徐に周りを見渡した教頭の口から出た言葉は道徳的にも誰が聞いてもアウトなものだった。 『親無し』『捨て子』『両親に見捨てられた子』。 その場に居た全員が『誰が』『誰に』向かって放った言葉だと言う事は言わなくても理解出来てしまった。 蒼褪めるうちのゆー君を真っ赤な顔で見詰めるその母親と取巻き親子。 桔平も桔平で祖父母に聞かせたくなかった言葉の数々に俯き、隣の祖父の体温が高くなっていくのを感じた。 しばしの沈黙の後、それを打ち破ったのはまたも祖父の声。 『先に手を出した非礼を詫びます、申し訳御座いません』 はっきりと通る声は応接室に響き、うちのゆー君ママと取巻き親子達もビクッと身体を揺らしたが、 『そ、そうよね。どうあったって先に手を出した方がねぇ』 『そうだわ、やっぱり暴力は駄目だものね』 『これだから親が居ない子は、』 口々にそう言いながら、高笑いポーズ付でほくそ笑む姿に幼い桔平でも自然と顔を歪める。 しかし、 『ですが』 続ける祖父は下げた頭を上げると、真っ直ぐに眼光鋭く団体へと向けた。 『一応そちらよりも人生経験豊富な身の上として言わせていただくならば、ご家庭での生活、教育においてはもう少し慎重になされた方がいいのでは?』 『―――は?』 『え…、』 間抜けな顔と声も一瞬。 『小学生が同じ小学生、クラスメイトに対し、孤児だの、親無しだのと揶揄る。一体そんな言葉何処で覚えて来たのでしょうか。少なくともテレビや漫画の影響もあるでしょうが、それ以上に近くでそんな言葉を聞かないとスラスラと口に出して言える筈もない』 桔平は祖父を驚き混じりに見遣り、その隣の祖母に視線を送るも、祖母は成り行きを見守っているかのように穏やかだ。 『こちらの憶測ではありますが、お宅の方でうちの桔平の事をそんな言葉にして言っているのでは?もしそうならば、辞めて頂きたい。それはお宅の子供にも宜しくない事だ』 心当たりがあるのか、数人の親がさっと気まずそうに視線を泳がせたり、顔を伏せる中、例に漏れずうちのゆー君ママもぐぐぐっと拳を握っている。 『親が聞こえない様にと話していても、子供は聞いているものです。何ら意味の分からない事を覚え、そして伝えてしまう。うちの桔平にも手の早さは注意しますが、そちらもそちらでもう一度考えて『ご主人』を交えて話し合って頂きたいものです』 御主人と言う言葉も効いたのか、その後特別何も言われる事無く、 『あと、一対一で、サシでやり合うと言うのも大事ですなっ!!大人になっても卑怯者根性が付いてしまうっ!!』 ふんっと祖父の荒い鼻息が終止符、教頭と担任も恐る恐ると『で、では…そう言う事で…』と、一体どういう事だったのか定かでは無いが、根本的に解決したのかと言われればしていないような気がしないでもない。 しかし、誰からともなく部屋を出て行くのを見送り、最後にゆー君親子の丸くなった背中が部屋を出た瞬間、あまりの展開の速さに呆気に取られていた桔平だが、はっと気付くと首をゴリゴリと回す教頭の元へと近づいた。 『あ、あの、』 『あ、あぁ、はい水渡くん、大変でしたね。あー…確かに君の方が傷が酷いねぇ…』 『いえ、大丈夫です、それより、あの、匿名の電話、って』 『あぁ、どうやら昨日の公園での出来事を見ていた学生が居たらしくて…一部始終を電話で教えて貰いました…気を付けてやれ、と…』 学生から――― 思い当たる節は一人しか居ない。 (―――あの人かも、) 「なるほど、それでトイだと思った訳ね」 ぐいっとペットボトルを煽り、空になったそれをゴミ箱へと華麗に投げ捨てる新名に桔平がナイッシューと小さく声を掛ける。 「つか、お前謝罪貰って無くね?」 「あー…別にいい。じいちゃんも喧嘩両成敗つってたし」 「でもお前のじーさんは謝ったんだろ?」 「でも、いいや。妙にスカッとしたし…」 「お前ちっこいのに変なとこ落ち着いてんな」 ベンチの背凭れに体重を預け、空を仰ぎ見る新名に桔平の眼が剣呑に光った。
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