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「小さくないよ、俺もう五年生だし」
「は?五年生?三年生くらいかと思ってた」
ふっと小馬鹿にするように唇を持ち上げる新名に益々頬を膨らませる桔平はふんと鼻を鳴らした。
確かに周りよりも小柄でちびだ。
「でも、じーちゃんがうちはたいきばんせー型って言ってたもん」
「はは、たいきばんせー、なぁ」
笑ってられるのも今のうち。
そのうち担任だって、じーちゃんだって、
(クソ親父だって追い越して見せるし…)
数年前からひっそりと心内に秘めた決意に改めて火を灯し、いきなり胸を反らす桔平に新名の眼が綺麗にくるりと動く。
そして、また何か言おうと唇を開いたが、
「あれ、昨日のがきんちょ」
「―――あ、」
低めに結んだポニーテールの髪を揺らしながら、こちらに向かって来るのは桔平が待っていたトイ。
「何してんの、お前」
へらりと首を傾げ、今日はイチゴ豆乳と書かれたパックを飲みながらのご登場に、新名がふぅっと息を吐いた。
「おせーよ」
「悪い悪い、ちょっと手間取って」
然程言葉通りに思っても居ない声音に、また新名から溜め息が洩れるも、それより、と桔平を顎で指す。
「コイツ、お前に話があるんだと」
「話ぃ?」
鋭いと言われる眼を向け、桔平の話を待つトイはちゅるっとストローの音を立てた。
「あ、えーっと、」
いらぬ新名からの前振り。
自分のタイミングでと思っていただけに、うぅ…っと拳を握りベンチから立ち上がると、そろりと視線だけを上に。
今更だが、新名もトイも結構身長が高い。
桔平の周りにいる大人よりも、飛び抜けて。
だからと言う訳ではないけれど、ようやっと真正面に向かい合った時の威圧感と言うか、高圧的な雰囲気にごくっと喉を鳴らしたが、いつまでも固まっている場合ではない。
「昨日、学校、に、電話しました…?」
固い声でそう問い掛けた桔平に少しだけ眼をきゅっと見開いたトイは、次いであぁ、と唇を持ち上げた。
「何か話し合いにでもなったのか」
その態度にやっぱりかと、脳内で浮いていたパズルのピースがピタリとハマった感覚に桔平からは安堵の息。
「親とかが、集まって…」
「そっかー。へぇ、で、俺からの電話って役に立った訳?」
「それなりに…あの、ありがとうございました」
ぺこっと頭を下げると、ランドセルも一緒にズレ落ち、後頭部にゴツっと当たる。小さく痛い…と呟けば、あはははっと頭上から聞こえる笑い声に、桔平の顔が赤くなるのが分かった。
だが、
「でも、その割には暗くね?お前」
「――――え、」
ぺたりと自分の頬を触る桔平を新名もトイも見詰める。
(あ、そっか…)
胸がぎゅっと締め付けられるような痛み。
本当はもっと前から感じていた物が今になって近くさせられる。
無意識に震える唇はまるで自分の物ではないようで、初めての感覚に恐怖すら覚えるが、それでも桔平はゆっくりと声を絞り出した。
「じーちゃんたちに、親無しとか…言われてるのがバレた、から…」
零れ落ちそうなそれは、涙を伴って。
泣きたくなんて無かった。
泣くつもりなんて無かった。
けれど緊張の糸が切れた、とでも言うべきか、感情が一気に溢れ出たとでも言うべきか。
意識せずに流れる涙が足元の土の色を変える。
「電話のお陰で、俺だけが悪いんじゃないって、形成逆転出来たけど、じーちゃん達、悲しんだかもしれん…」
分かっている。
決してトイの所為ではない。
むしろ考えれば考える程にこんな事態になってしまったのは自分の所為だと理解出来る。
普段からもっと周りをよく見ろだとか、人の動きを見て満を持して動けだとか耳にタコが出来る程言われていたと言うのに。
(バカだ…俺って本当にバカ)
馬鹿だと言う事実もほぼ知りもしない人間の前でいきなり泣き出してしまったと言う事実も羞恥でしかない。
手の甲でごしっと目元を擦り、もう一度だけ頭を下げる。
「で、でも、電話は本当に助かりました…」
水を得た魚、鬼に金棒、顔が新しくなったパンのヒーローの如く祖父が勢いづいたし。
だから面と向かって感謝を言いたいと思っていた。
「それじゃ、」
明らかに失礼且、非難染みた物言いになってしまったものの、まだ小学生。
礼は告げたと、気恥ずかしさからトイの顔を見る事も無く、そのまま勢いよく踵を返そうと身体を反転させたが、
「ぐっ、ふ…っ!」
顔面に思い切りよく当たった何か。
見上げれば、いつの間にかベンチから移動したのか、そこに立っている新名が見下ろしていた。
一体何だ、と身体を強張らせた桔平を映す眼は何を考えているのか、全く読めない。思わず後退りすれば、今度はランドセルがトイに当たり、まんまと挟まれたオセロ状態。
「おい、にーな」
「何だよ」
「あれだな、お豆堂の塩大福だな」
「はぁ?俺はも〜たまらんのバニラ一択だけど」
「お前はそればっかだな。少しは塩味が必要なんだよ、あまいもんつーのは」
「お前こそ何言ってんの。もう初夏だっつーのに、大福なんぞに水分取られてたまるかよ」
頭上で交わされる会話だと言うのに、視線はしっかりと自分に向けられているのをひしひしと感じながら、どうしたらいいのか分からない桔平からは涙では無く、冷や汗にも似た水滴が顎を流れた。
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