気をつけるべきはどちらか

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右手にソフトクリーム、左手に塩大福。 両手に甘味を持たされた桔平が新たに連れてこられたのは、一部で別腹泣かせと呼ばれている歩道沿いに並ぶ店舗先にあるベンチだ。 いくつもベンチが設置されているところから見ると、こうしてスイーツを購入して此処で食べる事が出来る場所なのだろうが、一体何故に此処に案内されてしまったのか。 「おい、早く食えよ。溶けんだろ」 右側から新名に腕を突かれ、 「おら、これくらいなら一口で行け、一口で」 左側からはじっとトイから覗き込まれる。 「い、いただきますっ」 意図は掴めないが、分かった事と言えばこの二人はそれぞれ好きなおやつを奢ってくれている、らしい。 この真っ白なバニラ味のソフトクリームは《も~たまらん》と牛が可愛くデザインされたアイスクリーム専門店のもの。 ぺろりと舐めてみれば濃厚なミルクと濃い甘味、ぶわりと鳥肌が立つ旨さに桔平の眼がキラキラと光る。 そしてこちらの塩大福は地元ではちょっとした老舗の有名和菓子屋より、塩のしょっぱみと甘い小豆、もっちりとした求肥が最高にマッチした、思わずほわっとした優しい味にすんと鼻を鳴らした。 (さすがに一口じゃ無理だけど…) 交互にそれを食べ進めると気付いた事ひとつ。 「旨いか?」 「どっちが好みだよ?」 左右から問われる声に桔平は頬を染め、少し興奮気味に塩大福を齧るとすぐにソフトクリームも食む。 うん、やっぱり、 「一緒に食べると、もっと旨い」 ふにゃっと緩む口元がそれを物語る。 「…………」 「…………」 そんな桔平を眺め、互いの持つ大福とソフトを見詰めるトイと新名の脳内に浮かぶ方程式はこれしかない。 求肥にソフトクリーム、大福プラスアイス… 「雪見だい○くってか…」 「んだよ、結局それが最強説なのかよ」 「さすが雪見パイセン」 はぁっと脱力しながら、大福を頬張るトイだが、 「桔平、お前顔についてんぞ、クリーム」 「本当だ…」 「は?」 隣でそんな会話を交わす二人をまじまじと見詰めた。 「何、自己紹介でもしたのか?」 「あぁ、さっきした」 ふーんと呟き、手に着いた粉を叩き、トイは桔平に首を傾げて見せる。 「お前、きっぺー?」 「う、ん、水渡桔平…」 「そ。俺は東伊(とおい)」 「え、とおい?トイじゃなくて?」 「別にトイでいいけど。にーなもそう呼んでるし」 呼び方にこだわりは無いらしい。 人様の名前を間違えるのは失礼だと祖父が入っていただけに、一瞬ひやりとした桔平だが、トイの言葉にほっと息を吐くと、左右にちらりと視線を送る。 「じゃ、にーな君とトイ君」 「そうそう、それでいい」 ふふっと笑えば、鋭い印象のトイの眼は細く、くしゃりと人懐っこい笑みに変わるのが不思議だ。 大福を食べ終え、最後にソフトクリームを一生懸命胃の中へと送る桔平はそろそろ腹がいっぱいになっているのを自覚するも、それでも最後まで食べたい。 桔平の為、かどうかの真相は分からないが、この二人がこうしてご馳走してくれているのだ。無下にしたくは無いと子供ながらに頑張りを見せ、最後のコーンを飲み込むと、ぷはっと息を吐いた。 (めちゃうまかった…) 腹も満腹で若干苦しさもあるが、けれど何も考えずに美味しいだけを感じれている時間だった。満たされたのは腹だけではない。 家族以外の誰かとこうして美味しいものを食べると言う行為。 給食等の義務的行為では無い、与えられた時間。 妙にくすぐったくて気恥ずかしいけれど、確かに今自分は小さな多幸感を感じていたのだと。 「すげーじゃん、全部食ったのか」 「ご馳走様、でした」 初めての学校帰りでの買い食い。 本当はいけない事なのだろうが、ドキドキする気持ちは決して不安だからではない。 「じゃ、そろそろ帰るかぁ」 「だな。飯もあるし」 立ち上がった東伊と新名に続き、桔平もベンチを降りると、二人に向かって頭を下げた。 「あの、楽しかったし、美味しかったです、ありがとうっ」 はっきりと大きな声で気持ちが伝わる様に。 勢い良く下げた頭に釣られ、またランドセルが後頭部に直撃するも、気にしない。 そう、だって、 (本当…嬉しかったから、) 歓喜から生まれるドキドキがあるだなんて、今の桔平には理解し難い事なのだろうが、気持ちは確かなものだ。 ふっと唇の端を上げるだけの東伊に、ただ桔平を見遣るだけの新名。 「まぁ、腹が満たされたら少しは気分も上がるだろ」 「特に甘いもんはな」 「うん、」 そして、素直に頷く桔平の頭にふわりと乗った体温。 見上げれば新名の腕で顔に影が差す。 「つか、お前って親いねーの?」 「え、あ…うん」 いや、正確には居るのだが今の自分の置かれている状況をどう説明したらいいのやら。 「ど、っかに居るけど…その、」 父親は祖父母に桔平を預け、仕事だと海外に行ったと祖父母からは聞かされている。 母親に至っては消息不明もいいところ。心配して電話や手紙を寄越すなんて事も一度も無い。生存確認すら出来ていないのだ。 それを調べる術はあるのだろうが、祖父母が深入りする事は無い。 それを俯き加減に辿々しく伝えれば、ふーんと呟いた新名は訝しげに斜め上を見上げる。 「じゃ、親いるじゃん」 至極あっさりとした声にくるっと大きく見開かれた桔平の眼。 そして、 「お前のじーさんとばーさんが親だろうが」 続いた東伊の言葉に弾かれた様に顔を上げ、二人を見上げた。
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