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「種付けて孕まして、産んだだけじゃ、父親と母親なんてなれねーの。それはただの雄と雌。女は子宮も貸すし命懸けだけど…まぁ、兎に角情を掛けて育ててくれたのが親って言うんだよ」
種?孕ます?しきゅー…四球?
耳に入ってくる言葉の意味が理解出来ない桔平の背後は広大な宇宙が広がるが、にやりと笑う東伊は少し屈むと視線を合わせる。
「本来なら責任なんて無い筈の孫を育てて、じーさんもばーさんも親としての務めを全うしようとしてんだ」
「う、ん、」
「だから、気を付けるべきことはお前がじーさんとばーさんを思う事より、お前を思うじーさんとばーさんの事を最優先してやれよ」
「ど、言う意味…?」
首を傾げる桔平にはまだ難しい。
でも、
「お前が嫌な思いしてるのは、じーさん達も嫌だし、その原因を知りたくもなるだろうから、一人で我慢してるなんて辞めとけ、って事」
「家族なら共有してやれ、みたいな」
(あ…)
なるほど―――。
ストン、と軽く胸に落ちて来た、そっか…と、言う感情。
「恵まれてんだから、自分を卑下すんじゃねーぞ」
「…うん」
素直に出た言葉は短くも、大きく頷いたその表情は明るい。
「じゃあな、きっぺー」
「さっさと帰れよ」
そんな子供に満足したのか、ひらりと手を振り、歩き出そうとする二人に桔平はぎゅうっとランドセルを握りしめると、大きく口を開いた。
「トイ君、にーな君、ありがとっ!!」
色々と理解しがたい事は多かったが、それでも二人の言いたかった事は何となく分かる。
大人の様に気を遣った物言いでも無く、子供の様にドストレートの無遠慮な言葉を投げつけるでもなく、桔平の話を聞いてくれた。その上で、気付かなかった事を教えてくれた。
ふわりと少し困惑気味に笑う桔平に東伊も新名も手を振り返してくれる。
普通に生きていれば、話す事が無いであろう、この二人と出会えた事は大きい。
まだ齢十一年の人生。
そんな胸を張って、堂々と言える様な人生観も持論等勿論ありはしないのだが、
(すげーいい日になった気がする)
それだけは声を確かな事実だーーーー。
家路に着く中、ピコンとなった音に誘導され、スマホを覗き見る。
「新名、お前何食べたい?」
「あ?あー…何でもいい。食えれば」
「じゃ、何か適当に頼むか」
「おう」
すっすっと宅配アプリを起動させ、文字通り適当に注文していく中、そう言えば、と東伊はふっと新名へ首を傾げて見せた。
「何でお前言わなかったんだよ」
「何が?」
「きっぺーにだよ」
感情の読めない表情がゆったりと東伊に向けられ、それがほんの少し歪む。
「………」
「確かに俺が電話したけど、した方がいいんじゃね、って最初に言ったのお前じゃん」
「だから?余計な事言うなよ…」
ぎゅうっと皺が造られる眉間が物語るのは照れ隠しからなのか。
それとも色々と面倒だからなのか。
そんな新名の姿にくくくっと肩を震わせて笑う東伊に益々深まる新名の皺。
「何笑ってんだよ」
「まぁまぁ、わかるよ。ちょっと独特な雰囲気のガキだったもんな」
スマホを制服のズボンにしまい、未だ笑いながら隣を通り過ぎる東伊を睨みつけながらも、ちっと舌打ちしその後を追う新名はぼんやりと思い出す。
ふっと眉を寄せながら笑う小学生の姿を。
あんな年であんな笑い方を知っているとか。
それが理由と言う訳では無いが、確かに自分らしく無い事をしたと思っている。昨日の電話の件然り、今日の事然り。
でも、それを言うならばーーー。
「東伊だってらしくねー事してんじゃんか」
小学生の子供を気に掛けて、何かを買ってやるなんて。
助言してやるなんて。
でも、それは東伊自身自覚している事だ。
ほんの少しだけ此方に顔を向け、微笑む東伊だって一体何を考えているのやら。
「まーたまにはいいだろ、人助け」
「人助けねぇ」
「一日一善とか言うじゃん。良い子にしてねーとサンタクロースも来やしない」
「あ、そう」
「気分転換みたいなもんだろ」
そう、もう会う事だって、話す事だって無いかもしれないからーーーー。
「「あ」」
「ーーーーあ…」
東伊と新名、そして桔平。
無事再会を果たしたのは、その半月後。
どうやら今迄気付かなかった、気にも留めなかっただけで、互いに家は近かったらしい。
あの公園を中心に三人の通り道、だったらしく。
そして、その公園にて。
「…お前何してんの、きっぺー」
「あー…っと、」
理由を言えば長くなりそうな気もするし、そうでもない気もする。
まあ、何を言った所でこの状況は変わらないと言うもの。
腫れた左頬が痛々しい侭、上級生をひっ倒し、マウントを取ったまま胸ぐらを掴み、右手は今まさに振り下ろされんばかりのポージング。
「ーーーーど、どうも、」
「どうもぉー」
久方の挨拶は非常に気まずいものとなってしまった。
(やっぱ…じーちゃんの言う事は聞いとかないとだな…)
手がすぐに出てしまうと言うのも気をつけなければならい事のひとつだ。
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