それしか無い選択肢

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確かに小学生と高校生が友人のように談笑している姿等、気になるものかもしれないが、それは至って他愛無いもの。 「お前すげーソーダの匂いすんなぁ」 「あ、溶けたのがさっき腕とかにも流れたからかも」 「それ腕とかベタベタじゃねーのかよ」 くしゃりと笑う東伊に、そんなにソーダ臭いのかと腕に匂いを嗅ぐ桔平だが、いきなり伸びてきた背後からの手に抱えられると、うわっと小さく呻いた。 「本当だ。甘い匂いがする。お前さっき舐め取ってただろ」 「め、めっちゃビックリした…」 今度は新名に抱きかかえられ、一瞬感じた無重力にドキドキと鳴る心臓を押さえる桔平はじっとりとした眼を向けるもそれも笑顔で交わされる。 けれど、はっと思い出したかの様に新名へと向き直ると、そっとその肩に手を置き、自分の顔を近づけた。 「さっき、俺の名前呼ぼうとした?トイ君が来る前」 「え、あー…あぁ、」 何か言おうとしたのだろうか。 眼を合わせる様に顔を覗き込む桔平に、しばし考える様な素振りを見せる新名だったが、いや…っと言葉を濁したかと思ったら、 「何か楽しそうに見えたから、それだけ」 そう呟く声にトイが首を傾げた。 「何、何か楽し事でもあったのかよ」 「え、えー…楽しい、こと、」 一体何の事だろうと、先程の自分を何とか辿って思い出す桔平は、小さくあぁっと顔を上げる。 そう、夏休みがやってくる。 その夏休みには、イベントがあるのだ、と。 「夏休み?何するんだ?」 「旅行?」 東伊と新名の言葉に首を振り、へへっと笑う笑顔は眩い。 「俺、今までじーちゃん達と夏祭りだの花火大会だの行ってたんだけど、友達と行ってもいいって許可貰えて」 勿論門限あり、きっちりとお小遣い制だがそれでも嬉しくて溜まらない。 しかも、その友人と言うのが、あの『うちのゆー君』も入っているのだから、人生どう転ぶか分からないと言うもの。 あの後、向こうから謝罪があった。 それから頻繁に話しかけられる様になり、喋ってみれば意外と話しやすいどころか、面白いと気付いてしまったうちのゆー君。 余談ではあるが、内野勇次郎と言う名前なのは笑い所の一つなのかもしれない。 そんなうちのゆー君を『勇次郎』、桔平を『きっぺー』と互いに呼ぶ様になり、休みの日や東伊達と会わない放課後には一緒に遊ぶ日も増えていた。 そんな勇次郎とあの母が保護者役として同伴、夏祭りと花火大会に連れて行ってくれるとあり、今からワクワクが止まらない桔平はすっかり気持ちを昂らせているようだ。 「やっぱじーちゃん達、結構過保護だったから夕方以降は友達と出掛けるとか許してくれなかったんだけどさ」 五年生になった今それも解禁となり、快く送り出してくれる祖父母には感謝しかない。 キャンプに行って、肝試しもしようなんて話もある。 ぱぁぁっと心底嬉しそうに笑う桔平は切々とそれを説明してくれるが、ふと気づけば真顔の二人にぴたっと動きを止めた。 「え…何?」 何か変な事を言っただろうか。 ジャンルの違う整った顔二つを交互に見遣る桔平に最初に口を開いたのは東伊だ。 「お前、あのガキと仲良くなったのか」 「うん、」 戸惑いつつも頷けば、今度は新名。 「夏祭りに花火を友達と行くのか」 「う、ん」 何だろう。 悪寒のような物を感じるこの雰囲気。 さっきまでアイスで涼んでいたものと全く違う。 「そりゃ夏休み楽しみだなぁ」 東伊の言葉に頷けば、至近距離にある新名がこれみよがしな溜め息を見せた。 「夏休みになるから、俺等には会えないって思わなかった訳、お前」 「へ?」 言われて、はっと目を見開く桔平はその言葉を脳内で反芻。 (た、しかに…) 目の前にある楽しみに気を取られ、失念していたが学校があるからこそこの二人と会えているのであって、長期の休みになれば会える事も無くなってしまうのだ。 ほぼニ日に一回くらい会うのが当たり前だった日常に、今更だが顔を歪める桔平は不安げに俯いた。 あ、寂しいかも… その事実に気付けば、瞬間に出て来た答えはこの一言。 「あ、あの、」 ぎゅうっと新名の肩を掴み、顔を上げた桔平だが、 「あーあ、何か切ないわぁ」 「本当だよな、俺らの事全然気にしてくんねーのな、お前」 「い、いや、違くてっ!」 決してそんな事を言っていたつもりではない。 ぶんぶんと若干色の変わった顔を振るも、高校生二人組はじりっと眉間に皺を寄せている。 露骨に出された悲しそうな表情に、十一歳が慌てるのも仕方無い。 「いや、本当っ、違くて!何かこうやって会うのが俺にとって普通っていうか、当たり前みたいになっちゃってっ、」 「ーーーそれで?」 「えー、えーっと、それで、夏休みなんて一ヶ月ちょっと、だし、」 「ーーーからの?」 芸人殺しみたいな返しは辞めていただきたい。 いぃぃぃぃぃっと歯を食いしばり、絞り出した声は小さいものだ。 「さ、寂しいと思いました…」 「感想文かよ」 「い、いや、本当…二人と会うのがあまりに当たり前過ぎて…」 「当たり前?」 「そう、毎日楽しいなぁ、って」 取り繕う事なんて、まだ桔平には出来ないのは分かっている。だからこそ、この言葉は本心なのだと言う事は、自ずと理解出来る。 ヘラリと笑うのも精一杯のようだ。
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